司法修習備忘録⑦民弁・民裁起案の考え方と書き方
はい、ラストの民弁・民裁です。ほぼ飽きてしまったので、本当に大事なところだけ書いていきます。
1、訴訟物と主要事実
間違えてはだめです。主要事実は勉強して覚えるしかないので、新問研や類型別を読み込みましょう。さらに理解を進めたいなら岡口問題集や要件事実30講に取り組むのがいいと思います。
2、要証事実
ここでは要証事実は、主要事実に該当する具体的な事実という意味で使用します。民弁・民裁両起案では、この要証事実を特定するのが大事です。例えば売買代金請求事件で「売買契約の成立」という主要事実に該当する具体的事実は、当然
- 原告は、平成30年12月24日、被告に対し、甲土地を1000万円で売った。
ということになります。問題はその粒度です。売買契約は、申込みと承諾の意思表示が合致したら成立しますよね?売買契約の成立に争いがある場合、どちらもないか、どちらか一方がない、ということになるかと思いますが、そうすると原告としては、申込みand/or承諾があったことを主張・立証しなければならないことになるので、要証事実としてはこれらに該当する具体的な事実があったことということになります。
「主要事実を整理せよ」ぐらいの設問であれば、白表紙の事実記載例の通りに書いてもらえばいいと思いますが「立証の見通し」「争点について判断」を記載する場合には、争いのある事実について相当程度ブレイクダウンしたものを記載し、その立証ができているか否かを検討する必要があります。この点には注意してください。私は初期のころは「要証事実が抽象的」みたいなコメントをたまにもらっていました。
3、記載に注意を要する主要事実
上記を前提に、記載に注意を要する主要事実について、いくつか書いていきたいと思います。
①申込みと承諾の意思表示
契約の成立を言うためには、申込みと承諾の意思表示が合致したことを主張・立証する必要があります。例えば、原告の申込みには争いがなく、被告が承諾をしたかどうかが争点となっている場合に、要証事実を「原告と被告が甲土地を1000万円で売買することに合意したこと」とすると、原告の申込み部分は過剰ですよね。より正確には「被告の承諾」のみが要証事実になります。そして、承諾の有無に絞ってそれが立証できるか否かを書くということになります。このように、通常一つにまとめられている主要事実が分解でき、かつ、その一部のみについて争いがある場合については、その一部の立証について論じれば足りるということは注意しておくべきでしょう。
②善意・悪意
当然と言えば当然ですが、善意・悪意の対象が何かを具体的に特定することが重要です。
・通謀虚偽表示における善意の第三者(94条2項)
例えば、虚偽表示における善意の第三者の場合は、虚偽表示を行ったAとBの意思表示が、通謀虚偽表示であるとの事実を知らなかったということができれば「善意」になります。この場合「知らなかった」というのは内心の状態のため、間接事実からの推認によりこれを立証するのが通常であると思われます。つまり、検討枠組みは規範的要件事実と同様なものになりますが、あくまでも立証の対象となるのは「通謀虚偽表示についての善意」ということになります。
・詐害行為取消請求における受益者の善意
また、詐害行為取消請求において、受益者が善意という場合には、受益者が「詐害行為によって債務者が債務超過に陥ることを認識していなかった」を主張・立証することになります。これも、通謀虚偽表示における善意と同様、間接事実からの推認によって立証するのが通常であると考えられます。
このように、場面ごとに善意・悪意の対象が何かを法律要件に沿って分析し、具体的な事実に即して論じるというのが大事です。あまりにも当たり前すぎて「何言ってんだこいつ???」と思う方もいるかもしれませんが、起案講評では「そもそも要件の理解が曖昧で善意・悪意の対象となる事実を正確に認識していない答案が散見された」旨のコメントが何度かなされているので、意外と躓きやすい点だと思い、あえて書いています。察するに、善意・悪意はそれ自体が要証事実なのですが、認定構造は間接事実型となることが一般であるため、間接事実が要証事実であるように錯覚してしまい、そもそもの要証事実の部分の記載を疎かにしてしまいがちであるというのが、上記のようなコメントがなされる原因になっているのではないかと思います。
③規範的要件事実
これは刑事系科目の起案における間接事実型の立証と構造が一緒なので、意味合い・重みを頭の片隅に置きながら具体的な事実をあげていくと書きやすいと思います。立証できているかどうかを検討する際には、重要な事実を抜き出し、経験則を述べ、推認し、最後に総合評価という形で書くといいでしょう(単に主要事実を示せという問題であれば事実を記載するだけで問題ありません)。
4、証拠構造
(1)四類型
ジレカンには証拠構造について四つの類型が記載されています、争点について
- 直接証拠たる類型的信用文書があってその成立の真正に争いがない場合(第一類型)
- 直接証拠たる類型的信用文書があってその成立の真正に争いがある場合(第二類型)
- 直接証拠たる類型的信用文書はないが、直接証拠たる供述証拠がある場合(第三類型)
- 直接証拠たる類型的信用文書も直接証拠たる供述証拠もない場合(第四類型)
(2)第二類型のポイント
第二類型は、文書の成立の真正について検討するパターンです。検討方法はジレカンに書いてある通りなので省略しますが、ここでは陥りやすい勘違いについて記載しておきます。
①第三者冒用・盗用可能性からのダイレクト認定
起案でよくあるのは、第三者冒用・盗用の可能性が認められるからといって簡単に文書の成立の真正を否定してしますパターンです。第三者による印鑑の冒用・盗用の可能性は一つの要素にすぎません。文書作成の経緯、文書の文言自体の自然性・合理性、文書作成前後の当事者の言動などに係る間接事実も併せて総合的に検討した上で「やはりこの文書の印影は第三者が印鑑を冒用して押したものと考えるのが自然で合理的だ。従って文書は真正に成立していない」という結論、あるいはその逆の結論に至るというのが求められている検討です。およそ第三者による冒用・盗用の可能性が絶無であれば、それだけで文書の成立の真正を認めるということは論理的にはあり得ますが、そのような場合は普通、文書の成立に争いがありません。
②第二類型から第三、第四類型への移行
次に、文書の成立の真正が否定された場合に、第三類型ないしは第四類型の検討を行う必要があるかという疑問があると思いますが、結論から言うとその検討は必要ありません。この疑問の根っこは、上記のように、第三者による印鑑冒用・盗用の可能性からあっさり文書の成立の真正を否定してしまった場合、重要な間接事実の検討をする場所がなくなるので、第三、第四類型に移行してこれを検討しなければならないかのように考えてしまうところにあります。しかし、上述のように、間接事実も含めて文書の成立の真正を検討したのであれば、さらに第三・第四類型に移行して検討を行うのは検討の重複になりますので、改めてこれらの類型にそった検討をするのは不要になります。
確かに、論理的には、文書の成立の真正は否定されたが、他の間接事実から要証事実を認定することができるということは成り立ちえます。が、そのような事態が生じる現実性は、少なくとも民裁・民弁起案においては著しく低いといえます。従って、類型を移行させての検討は不要ということになります。
(3)第三類型と第四類型の関係
第三類型と第四類型の関係で混乱しがちなのは、直接証拠たる供述証拠はあるが、原告または被告本人の供述しかなく、第四類型とほぼ同一の検討、つまり間接事実の積み上げにより事実認定をするというパターンです。このように、直接証拠たる供述証拠が当事者の供述でしかない場合、第四類型に分類して(要するに当事者供述は主張と同視する)、間接事実の積み上げ検討でやるというのも問題ありませんし、第三類型として供述証拠の信用性検討という形にしても問題ありません。なぜなら、どちらにしてもほぼ同一の間接事実を検討することになり、実質的には差異が生じないことになるからです。そもそも第三類型・第四類型の違いはあまり大きなものではないので、ここで重要なのは分類どうこうよりも、間接事実を上げて検討することです。
(4)判断枠組の指摘
民裁では判断枠組みのどれに従って検討するのかを指摘するのは必須です。忘れないようにしましょう。
5、まとめ
民裁と民弁どんだけ雑なんだよという感じですが、正直注意すべきなのは主要事実の知識をしっかり持つこと、要証事実を特定すること、四類型とその関係を理解することなので、あまり書くことがないというのが正直なところです。経験則とか反対仮説とかも、刑事裁判ほど厳格ではなく(これは実務修習に行けば分かると思います)、ざくっとした書き方でも問題ないと思います。ただ、一つ注意していただきたいのは、書証を甘く見ないということです。直接証拠でなくとも書証は動かしがたい事実を認定するうえで極めて重要な役割を果たすことが多いので、出てきた書証については、何をどう推認させるのかがっちり考えるようにするといいでしょう。
さて、以上で司法修習の起案については一旦筆をおきます。最後が弱くなってしまうのは僕の悪い癖ということでご容赦いただければ幸いです。