法務の樹海

法務、キャリア、司法修習などについて書きます。

私たちに英文契約書はレビューできるのか

何度も書こうとして挫折したテーマについに手を出します。一般の法務パーソン躓きの石ランキング上位の英文契約書レビューです。本稿では、英文契約書のレビューに必要な知識とスキル、そして、英文契約書レビューの限界について書きたいと思います。

※想定読者は外国法の体系的なトレーニングを受けていない一般的な法務パーソンとになりますので「圧倒的な高みを目指す!」という方には少し期待外れな内容かもしれません。

 

 

1、英文契約書とは何か

英文契約書というと「英語で書かれた契約書のことだろ?分かってるよ」という感じだと思います。形式的にはまあその通りなんですけど、後述のように、英文契約書は英文だから難しいのではなくて、それが対象とする取引が通常はクロスボーダー案件であり取引慣行のイメージが付きにくいこと、準拠法が日本法でなく、かつ、紛争解決手続が日本の裁判所以外の場所で行われることが予定されていることが多いことが、その難しさの本質部分を構成していると私は考えています。従って、本稿における「英文契約書」とは、クロスボーダー取引であって準拠法が日本法以外、裁判管轄も日本の裁判所以外というものを想定したいと思います。

 

2、英文契約書のレビューの要素

英文契約書を「きちんと」レビューするためには、少なくとも以下の知識が必要になると思われます。

(1)法律英語

英文契約書に用いられている英語は、独特の言い回しや専門用語が多く、一般的な意味で英語ができるというだけでは読みこなすことは困難です。つまりTOEICが900点でも英文契約書はすぐには読めません。尤も、当然ですが英語力が高ければトレーニングの期間は短くて済みます。逆に一般的な意味における英語力はそれほど高くなくても、法律英語に詳しければある程度英文契約を読むことは可能です。いずれにしても、法律英語についての知識は必須ということになります。 

(2)準拠法

そして、当然準拠法の知識も必要です。ある取引について生じる権利義務がどのようなバランスで分配されるかは、記載されている文言と準拠法、そしてそれらの解釈(そして下で述べる取引慣行)に基づいて決定されるため、準拠法の知識がないとリスクの見極めができません。従って、準拠法の知識は、英文契約書に限らず、契約書をレビューする際に必須の知識です。極端な話、日本語の契約書でも準拠法がカンボジア法とかになっていると普通の日本の弁護士や法務部員は契約書のレビューをすることはできません。

(3)紛争解決手続

さらに、契約書レビューをする際には、その取引に関する紛争が発生し、それが裁判や仲裁などのフォーマルな手続きに乗ってしまった場合、その紛争がどのように審理されて、その結果どのような勝敗になるのかという見通しを立てる必要がありますよね。そうすると、契約書内で選択された紛争解決手続に関する知識が必要になるのではないでしょうか。おっと、徐々にデマンディングになってきましたね、もっと言うとその紛争解決手続を実際に行った経験も必要なんじゃないでしょうか?よく言うじゃないですか「弁護士の価値は裁判の結果の見通しができるところにある」と。

(4)取引慣行

また、以上を補完するものとして、取引自体の特性や、取引慣行の知識が必要になります。契約書にも法律にも記載のないような事項についてのルールは、取引慣行で決まることも多いですよね。しかも国内の取引慣行ではなく、クロスボーダーの取引慣行です。結構厳しい感じになってきましたね!

 

細かいことを言い出すとキリがないのですが、大きくは上記の①-④の知識(そして経験)がなければ、英文契約書をきちんとレビューすることは難しいと思われます。要するに私が言いたいのは、普通の法務パーソンや日本法弁護士が英文契約書レビューを完璧にやるのは不可能だということです。

 

3、半端な私たちにできること

さて、以上のように、英文契約書をきちんとレビューするためにはかなり高いハードルを越えなければならないことが明らかになりました。「おいおい、それじゃあ普通の法務パーソンや日本法弁護士は英文契約書についてほぼ役立たずってことじゃないか、どうすりゃいいんだ」という声が聞こえてきそうですが、まあなんというか以下の点については、無力なりになんとかやれることはあるのではないかというのが私の意見です。

(1)明白にヤバイ条項の排除

準拠法・紛争解決手続・取引慣行の知識が弱かったとしても、どう読んでもヤバイ条項を排除することは可能なのではないでしょうか。

(2)日本法と断片的な準拠法の知識に基づく修正

法律はある程度普遍的な立て付けをしているので、日本法ベースで考えて修正をしたとしても、それなりにリスクコントロールができるような気がします。それに加えて、断片的でも準拠法の知識があれば、多少レビューの精度をあげることは可能だと思います。

(3)ヤバすぎる時に適切な外部の専門家にパス

「これは本当に詳しい人に聞かないとヤバイ」というフラグは、最低限契約書を読めば、立てることができるように思います(外部の専門家にパスするのもそれなりのハードルがあるのですが…)。

 

上記ができれば、ノールックでサインするのとの比較ではかなりリスクをコントロールすることができるのではないかと思いますし、ライトなレビューを頼まれたぐらいのケースであれば、これでも十分ではないかと思います。従って、以下で述べるトレーニングは、最低限、この水準まで持っていくことを目標にしたいと思います…自分でもいい感じに目線が低いなと思っています。

4、英文契約書のレビュー力をつけるために必要なトレーニン

(1)英語力をつけよう

そもそもある程度英語ができないことにはどうともしようがないので、まずは高校英語の文法書を引っ張り出して読み、問題を解きましょう。一通り高校の文法問題が解けるようになったら、最低限TOEICで700点くらいとれるように勉強をしましょう。公式問題集10回くらい回せば何とかなるんじゃないでしょうか。このレベル感の英語力が身につかない人は単純に投入するリソースの量が少なすぎる印象があります。

(2)法律英語を学ぼう

次に、法律英語を学ぶのがよいと思います。とっかかりとしては、英文契約書のレビューの参考書を購入して、原文と訳、そして解説を読んでいくのが良いと思います。最終的には参考書に乗っている例文を辞書を見ながら全部日本語に訳して、訳例と突き合わせて修正して完全訳できるようになった後、20-30回音読すれば(※)一通り表現には慣れることができると思います。参考書としては以下のようなものがお勧めです。が、英文契約の参考書はすべて購入して良さそうなものを読むということでも良いと思います。それほど数は出ていないので。

 

長谷川先生のものは例文と訳文が豊富なところがgoodです。

改訂版 条項対訳 英文契約リーディング

改訂版 条項対訳 英文契約リーディング

 

 こちらは、ちょっと解説が和風なのですが、物語調のため読みやすいです。 

山本孝夫の英文契約ゼミナール

山本孝夫の英文契約ゼミナール

 

素早く重要な条項についての表現を身に着けたいのであれば、日経ビジネス文庫のものがお勧めです。

英文契約書の読み方 (日経文庫)

英文契約書の読み方 (日経文庫)

 

表現あんちょこ本としては、地味ですが以下のものがとても役に立ちます

英文契約書の基本表現―契約書が楽に読めるようになる

英文契約書の基本表現―契約書が楽に読めるようになる

 

 

  ※(1)のところから若干軍隊的なトレーニング方法を記載していますが、あまり工夫なく誰でもできるように書くとどうしてもこういったトレーニング方法になってしまうというのが持論です。より良い方法があれば是非教えてください。 

(3)メジャーな準拠法の知識をつけよう

次に、メジャーな準拠法の知識を学びましょう。本来であれば、コモン・ロー圏では制定法と判例法を両方学んで、アメリカなら州法も…というところなのですが、各国の制定法と判例法、州法を学ぶのはあまり費用対効果がよくないので、英米法・大陸法ぐらいのくくりでザックリと勉強するというので十分だと思われます。その上で、自分が仕事上取り扱うことが多い地域の法令・判例を学ぶのが効率的かと思います。英米法がらみの契約についての参考書はやはり樋口先生の緑本が金字塔なのではないでしょうか。  

アメリカ契約法第2版 [アメリカ法ベーシックス]

アメリカ契約法第2版 [アメリカ法ベーシックス]

 

 (4)雑でいいので紛争解決手続の構造を押さえよう

紛争解決手続は、交渉すると大体第三国の仲裁に落ち着きます。従って、仲裁手続きの特徴などについて、一般的な知識を得ておくのは有益です。国際商事仲裁の本をいくつか購入して斜め読みでよいと思います。各国の裁判手続きは、自社の取引で有意に多い地域があれば、参考書などを手に入れて読んでみましょう。もはや英語で書かれた本の方がいいと思います。

 

以上のようなことを一通りやれば 、最低限ですが英文契約書を読んでリスクのコントロールができるようになると思われるので、日系企業の面接では「英文契約書のレビューできます!」と言い張っても良いのではと思います。

 

5、まとめ

さて、そもそも英文契約書のレビューには限界があるんだということをスタート地点として、それでもなお法律の専門家としてバリューを発揮するにはどうしたらよいのかという視点で書いてみました。ヘヴィーな契約書は自分で見ずに、詳しい外部の専門家(できれば海外の法律事務所)に依頼するという謙虚さは持ちつつも、法律に携わるものとして、できる範囲で自分で見るという姿勢は持っておいてもいいよねというのが私の個人的な意見です(英文契約書を毎回外部専門化レビューに回せるほど潤沢なお金がある会社はそうないと思いますので…)。本稿を読んで、「いやいやこれでレビューしたと言い張るのは雑過ぎるだろ」と思う人もいると思いますが、地を這うものに翼はいらないということで、低い目線からの戯言だと大目に見ていただければ幸いです。

司法修習備忘録⑦民弁・民裁起案の考え方と書き方

はい、ラストの民弁・民裁です。ほぼ飽きてしまったので、本当に大事なところだけ書いていきます。

1、訴訟物と主要事実

 間違えてはだめです。主要事実は勉強して覚えるしかないので、新問研や類型別を読み込みましょう。さらに理解を進めたいなら岡口問題集や要件事実30講に取り組むのがいいと思います。

 

2、要証事実

 ここでは要証事実は、主要事実に該当する具体的な事実という意味で使用します。民弁・民裁両起案では、この要証事実を特定するのが大事です。例えば売買代金請求事件で「売買契約の成立」という主要事実に該当する具体的事実は、当然

  • 原告は、平成30年12月24日、被告に対し、甲土地を1000万円で売った。

ということになります。問題はその粒度です。売買契約は、申込みと承諾の意思表示が合致したら成立しますよね?売買契約の成立に争いがある場合、どちらもないか、どちらか一方がない、ということになるかと思いますが、そうすると原告としては、申込みand/or承諾があったことを主張・立証しなければならないことになるので、要証事実としてはこれらに該当する具体的な事実があったことということになります。

 「主要事実を整理せよ」ぐらいの設問であれば、白表紙の事実記載例の通りに書いてもらえばいいと思いますが「立証の見通し」「争点について判断」を記載する場合には、争いのある事実について相当程度ブレイクダウンしたものを記載し、その立証ができているか否かを検討する必要があります。この点には注意してください。私は初期のころは「要証事実が抽象的」みたいなコメントをたまにもらっていました。

 

3、記載に注意を要する主要事実

 上記を前提に、記載に注意を要する主要事実について、いくつか書いていきたいと思います。

①申込みと承諾の意思表示

 契約の成立を言うためには、申込みと承諾の意思表示が合致したことを主張・立証する必要があります。例えば、原告の申込みには争いがなく、被告が承諾をしたかどうかが争点となっている場合に、要証事実を「原告と被告が甲土地を1000万円で売買することに合意したこと」とすると、原告の申込み部分は過剰ですよね。より正確には「被告の承諾」のみが要証事実になります。そして、承諾の有無に絞ってそれが立証できるか否かを書くということになります。このように、通常一つにまとめられている主要事実が分解でき、かつ、その一部のみについて争いがある場合については、その一部の立証について論じれば足りるということは注意しておくべきでしょう。

②善意・悪意

 当然と言えば当然ですが、善意・悪意の対象が何かを具体的に特定することが重要です。

・通謀虚偽表示における善意の第三者(94条2項)

 例えば、虚偽表示における善意の第三者の場合は、虚偽表示を行ったAとBの意思表示が、通謀虚偽表示であるとの事実を知らなかったということができれば「善意」になります。この場合「知らなかった」というのは内心の状態のため、間接事実からの推認によりこれを立証するのが通常であると思われます。つまり、検討枠組みは規範的要件事実と同様なものになりますが、あくまでも立証の対象となるのは「通謀虚偽表示についての善意」ということになります。

・詐害行為取消請求における受益者の善意

 また、詐害行為取消請求において、受益者が善意という場合には、受益者が「詐害行為によって債務者が債務超過に陥ることを認識していなかった」を主張・立証することになります。これも、通謀虚偽表示における善意と同様、間接事実からの推認によって立証するのが通常であると考えられます。

 このように、場面ごとに善意・悪意の対象が何かを法律要件に沿って分析し、具体的な事実に即して論じるというのが大事です。あまりにも当たり前すぎて「何言ってんだこいつ???」と思う方もいるかもしれませんが、起案講評では「そもそも要件の理解が曖昧で善意・悪意の対象となる事実を正確に認識していない答案が散見された」旨のコメントが何度かなされているので、意外と躓きやすい点だと思い、あえて書いています。察するに、善意・悪意はそれ自体が要証事実なのですが、認定構造は間接事実型となることが一般であるため、間接事実が要証事実であるように錯覚してしまい、そもそもの要証事実の部分の記載を疎かにしてしまいがちであるというのが、上記のようなコメントがなされる原因になっているのではないかと思います。

③規範的要件事実

 これは刑事系科目の起案における間接事実型の立証と構造が一緒なので、意味合い・重みを頭の片隅に置きながら具体的な事実をあげていくと書きやすいと思います。立証できているかどうかを検討する際には、重要な事実を抜き出し、経験則を述べ、推認し、最後に総合評価という形で書くといいでしょう(単に主要事実を示せという問題であれば事実を記載するだけで問題ありません)。

 

4、証拠構造

(1)四類型

 ジレカンには証拠構造について四つの類型が記載されています、争点について

  • 直接証拠たる類型的信用文書があってその成立の真正に争いがない場合(第一類型)
  • 直接証拠たる類型的信用文書があってその成立の真正に争いがある場合(第二類型)
  • 直接証拠たる類型的信用文書はないが、直接証拠たる供述証拠がある場合(第三類型)
  • 直接証拠たる類型的信用文書も直接証拠たる供述証拠もない場合(第四類型)

(2)第二類型のポイント

 第二類型は、文書の成立の真正について検討するパターンです。検討方法はジレカンに書いてある通りなので省略しますが、ここでは陥りやすい勘違いについて記載しておきます。

①第三者冒用・盗用可能性からのダイレクト認定

 起案でよくあるのは、第三者冒用・盗用の可能性が認められるからといって簡単に文書の成立の真正を否定してしますパターンです。第三者による印鑑の冒用・盗用の可能性は一つの要素にすぎません。文書作成の経緯、文書の文言自体の自然性・合理性、文書作成前後の当事者の言動などに係る間接事実も併せて総合的に検討した上で「やはりこの文書の印影は第三者が印鑑を冒用して押したものと考えるのが自然で合理的だ。従って文書は真正に成立していない」という結論、あるいはその逆の結論に至るというのが求められている検討です。およそ第三者による冒用・盗用の可能性が絶無であれば、それだけで文書の成立の真正を認めるということは論理的にはあり得ますが、そのような場合は普通、文書の成立に争いがありません。

②第二類型から第三、第四類型への移行

 次に、文書の成立の真正が否定された場合に、第三類型ないしは第四類型の検討を行う必要があるかという疑問があると思いますが、結論から言うとその検討は必要ありません。この疑問の根っこは、上記のように、第三者による印鑑冒用・盗用の可能性からあっさり文書の成立の真正を否定してしまった場合、重要な間接事実の検討をする場所がなくなるので、第三、第四類型に移行してこれを検討しなければならないかのように考えてしまうところにあります。しかし、上述のように、間接事実も含めて文書の成立の真正を検討したのであれば、さらに第三・第四類型に移行して検討を行うのは検討の重複になりますので、改めてこれらの類型にそった検討をするのは不要になります。

 確かに、論理的には、文書の成立の真正は否定されたが、他の間接事実から要証事実を認定することができるということは成り立ちえます。が、そのような事態が生じる現実性は、少なくとも民裁・民弁起案においては著しく低いといえます。従って、類型を移行させての検討は不要ということになります。

(3)第三類型と第四類型の関係

 第三類型と第四類型の関係で混乱しがちなのは、直接証拠たる供述証拠はあるが、原告または被告本人の供述しかなく、第四類型とほぼ同一の検討、つまり間接事実の積み上げにより事実認定をするというパターンです。このように、直接証拠たる供述証拠が当事者の供述でしかない場合、第四類型に分類して(要するに当事者供述は主張と同視する)、間接事実の積み上げ検討でやるというのも問題ありませんし、第三類型として供述証拠の信用性検討という形にしても問題ありません。なぜなら、どちらにしてもほぼ同一の間接事実を検討することになり、実質的には差異が生じないことになるからです。そもそも第三類型・第四類型の違いはあまり大きなものではないので、ここで重要なのは分類どうこうよりも、間接事実を上げて検討することです。

(4)判断枠組の指摘

 民裁では判断枠組みのどれに従って検討するのかを指摘するのは必須です。忘れないようにしましょう。

 

5、まとめ

 民裁と民弁どんだけ雑なんだよという感じですが、正直注意すべきなのは主要事実の知識をしっかり持つこと、要証事実を特定すること、四類型とその関係を理解することなので、あまり書くことがないというのが正直なところです。経験則とか反対仮説とかも、刑事裁判ほど厳格ではなく(これは実務修習に行けば分かると思います)、ざくっとした書き方でも問題ないと思います。ただ、一つ注意していただきたいのは、書証を甘く見ないということです。直接証拠でなくとも書証は動かしがたい事実を認定するうえで極めて重要な役割を果たすことが多いので、出てきた書証については、何をどう推認させるのかがっちり考えるようにするといいでしょう。

 

さて、以上で司法修習の起案については一旦筆をおきます。最後が弱くなってしまうのは僕の悪い癖ということでご容赦いただければ幸いです。

 

要件事実論30講 <第4版>

要件事実論30講 <第4版>

 
要件事実問題集〔第4版〕

要件事実問題集〔第4版〕

 

 

 

 

 

司法修習備忘録⑥刑弁起案の考え方と書き方

続きまして、刑弁起案について、書きます。ちょっと息切れしてきましたが、頑張ります。刑弁起案は「どういう順序で書いたらいいかよくわからない」というのが私にとっての躓きでしたので、これについて触れながら書いていきます。

 

 

1、刑弁起案のゴール

 当然ですが、争点となっている事実ついて合理的な疑いを生じさせるのが刑弁起案のゴールです。犯罪を行っていないことの立証ではありません。ただ、私は初めの方の起案で「…以上の通りであるから、…と認めるには合理的な疑いが残る」と記載したところ教官から「弱気?」という意味不明なコメントをもらいました。弱気っていうか…まあ理論的には合理的な疑いが残ればオッケーですが起案上は「Aはやってない!!」と断言するのがいいんでしょうね。これだから刑事弁護人は…いや、嫌いじゃないですよ、むしろ好きなんですけど。

 

2、刑弁起案の基本構造

 実務修習にでると、弁護人はそれぞれが信じる方法で弁護活動をしていますが、起案においては①まずは検察官の主張立証を弾劾し、そのうえで、②自らが主張するストーリーとこれを支える事実を述べる、というのが基本的な記載順序になると思います。「検察官が公訴提起することによって訴訟がスタートし、弁護人は無罪推定原則の下、公訴事実の立証を弾劾する」という構造が刑事訴訟の基本構造であるとするならば、刑事弁護における本質は①であり、②アナザーストーリーの提示とこれを支える事実の主張は、①の目的を達成するための手段ということになるのではないでしょうか。

 ともかく、刑弁起案においては、まず検察官主張の事実を①その事実の根拠になっている証拠に証拠能力はない、②そんな事実ない、③あったとしても要証事実を推認させないという3パターンで争っていくことになります。この点は後に詳しく述べます。

 

3、検察官が立証しようとする事実の把握

 証明予定事実記載書・争点整理の結果などの記録から、検察官が立証しようとしている事実を理解し、潰すべき事実を把握します。争点整理の結果が省略されている場合には、被疑者の言い分を読んで争うべき事実を確定します(要するに「認否を取る」ということです)。ここで争うべき事実を正確に把握しないと論述が全て崩れるのは、前記事までで述べてきたことと全く変わりません。

 

4、無罪か認定落ちか

 争いになっている事実が確定できれば、この点は自ずと明らかになりますが、念のため書いておきます。つまり、犯人性を争っているのか、正当防衛などの違法性阻却事由を主張しているのか、認定落ちを主張しているのか、被疑者の言い分を正しく理解する必要があるということです。認定落ちというのは要するに一部罪を認めていることになるので、起案上は情状弁護をすることが必要になる場合があります(情状弁護はしなくていいよという限定が設問に付されていることは当然あり得ます)。逆に無罪弁論の場合、情状を書くのは論理矛盾なのでやってはいけません。もう一度言います、無罪弁論で情状は書いちゃだめです。実務的には、無罪弁論の中に情状に関する事実を紛れ込ませるというテクニックがありますが、刑弁起案ではそんなテクニカルなことは求められていません。

 

5、弁論の順序

(1)弾劾

 検察官が主張する事実を主として三つの角度から潰します。なお、弾劾を行う前に、ケースセオリーについて一言述べておくと、後に続く消極的事実の立証がスムーズにできますので、冒頭結論部分に付け加える形でケースセオリーの概要を提示しておくのも良いでしょう。

①事実の存否を争う

 オーソドックスに「検察官が主張するような事実は証拠からは認められない」という主張を展開します。例えば、被疑者が正当防衛を主張している事案において、検察側が「被疑者が先に殴りかかった」という事実を主張・立証しようとしており、被害者供述を直接証拠としている場合、その被害者供述について信用性がないとの弾劾を行うことになります(直接証拠型の場合)。記載例は次のようになると思います。

  • 検察官は、被害者供述を直接証拠として、被疑者が先に殴りかかったことを立証しようとしているが、被害者供述には信用性がない。理由は下記の通りである。…(以下信用性がない旨の論証)

 私が修習中にやった起案の中で、そもそも事実が認められない、という弾劾をする場合には、直接証拠型であれ間接事実型であれ、根拠となっている供述の信用性がないことを主張するパターンしか出ていなかったように記憶しています。おそらく弁護教官室は、(検察起案における建前とは異なり)供述証拠が刑事裁判において極めて重要な役割を果たしていることに鑑みて、この点についてしっかり検討する力を養うべきだと考えているのではないでしょうか。また、ある事実の存在を示す明確な物証がある場合、そもそも当該事実の存在を否定するのが難しいということもあるのかもしれません。

 

②証拠能力を争う

 次に、ある事実の立証のために用いられている証拠に証拠能力がないことを主張することが考えられます。これは①とオーバーラップしてくる部分が多いので、大枠で見れば事実がないとの主張の一類型であると整理してもいいと思いますが、便宜的に分割して書きます。具体的には、被疑者が犯人性を自白してしまっている事案において、被疑者の自白が任意性に欠けるものであるから、証拠能力がないという主張がこれに該当します。また、その他の証拠についても当然、違法収集証拠であることを理由として、証拠能力がないとの主張を行うことが考えられます。私がやった起案の中で証拠能力について正面から問うような問題はなかったように記憶していますが、過去、証拠能力について問う起案もあったようなので、全く出ないというわけではないのでしょう。

 ここからは推測になりますが、証拠能力について検討する起案として、作問しやすいのはやはり供述の任意性を問う問題であると思われます(暴力的な警察官を登場させればいいだけなので笑)。ただ、昨今は取調べの録音録画がされていることもあり、無理な取り調べが行われる機会は、重大犯罪においては相当程度減っていると思われます(個人的にはむしろ軽微犯罪の方は依然として無茶苦茶しているような印象があります)。そういった実務の状況もあって、証拠能力の検討を正面から問うよりも、内容が微妙な目撃者供述に「信用性が認められないこと」や、被疑者供述に「信用性が認められること」(要するにきちんと自分の思うところを弁解しているという前提)を起案させた方が有益であるという判断がなされているのかもしれません。なお、私の修習地では、録音録画している取調べで警察官が恫喝的な取調べをして証拠能力が吹っ飛ぶというエクストリームな事例がありました笑。

 

③推認力を争う

 次に、推認力を争う主張をすることが考えられます。間接事実型の立証が行われている場合には、当該間接事実の要証事実の存在を推認させる力が大したことないという主張を行います。具体的な例を挙げると、財物奪取の意思が要証事実となっている事案で検察官が「犯行3日前の被告人の所持金は300円だった」という間接事実を主張している場合には、被疑者の言い分を踏まえつつ「所持金は少なかったとしても、被告人は激昂して被害者を殴った可能性は十分にある」といった感じで、抽象的だが合理的な反対仮説を上げて推認力を争います。ここで、被疑者の言い分を支える事実の論述をがっつりやってしまいたくなりますが、推認力を争うのと消極的事実を立証するのは分けて書いた方が書きやすいので、個人的にはさらっと書いておけばいいのかなと思います。

 

(2)消極的事実の主張立証

 次に、検察官主張の事実が弾劾されたとして「本件において実際に何が起こったのか」ということを被疑者の言い分に沿って構成するために必要な消極的事実を主張・立証していきます。例えば、財物奪取の意図がなかったという主張を行う場合

  • 被告人は被害者を殴りつける2日前、両親にしばらく実家に帰りたい旨の相談をしており、両親からこれを承諾されていたこと
  • 被害者は、被告人が殴りつける前に被告人に対して「飛べない豚はただの豚。お前は飛べない。だからお前はただの豚。悔しかったら飛んでみろ」と言ったこと
  • 被告人は、被害者が被告人に殴りつけられて転倒させた後、救急車を呼んでいること

といったような事実を立証し、冒頭で述べたケースセオリー、例えば「被疑者は財物奪取の意図をもって被害者を殴ったのではなく、被害者の言動に激昂して被疑者を殴った」ということを明らかにしていきます。なお、各事実の認定の結論部分では当該事実の意味合い(刑裁起案的な意味です)をきちんとを記載しておくようにしましょう。

 

(3)被疑者の弁解の信用性検討

 最後に、被疑者の弁解に信用性が認められることを書いておきます。検察官の主張した事実に対する弾劾が成功し、消極的事実も立証できているのであれば、被疑者の弁解は自ずと客観的事実に合致したものになると思うので、それほど分厚く書く必要はないと思われます。全体の総括的な意味で「やはり被疑者主張のケースセオリーが正しいんだ」ということを念押ししておくのがいいでしょう。必ずしもすべての起案において書く必要があるとは思いませんが、これを書くことを頭に入れて論述すると、言い分を無視した記述をするリスクが減るように思います。

 

6、供述証拠の信用性検討

 刑弁起案で天王山となるのは間違いなく供述証拠の信用性です。実務修習に行けば分かると思いますが、検察官は供述調書を取る際に、これでもかというぐらい誘導しますし、検察側証人については証人テストをやりまくって証言を固め倒してきます。従って、供述証拠の信用性を検討する過程を通じて、どうやったら検察官側証人の供述を崩せるかを学ぶのは非常に重要です。というわけで、刑事弁護教官は一生懸命、起案のための記録をつくるのでしょう。

(1)信用性検討の要素

 さて、白表紙に書いてある通り、供述の信用性検討には、いくつか重要な観点があります。その中で、私が個人的に、起案上重要だと思うものについてピックアップして軽く説明してみたいと思います。

①虚偽供述の動機

 動機もないのに嘘をつく人間はいません。虚偽供述だと結論するときは、その動機には必ず触れましょう。また、共犯者供述の信用性を検討する際には必ず「引き込みの危険」に言及しなければならないという暗黙のルールがありますので、忘れないようにしましょう。なお、誘導や勘違いにより事実と異なる供述をしたものであると結論づける場合は、「虚偽」供述の動機という表現は正確ではないので「事実と異なる供述をした理由」というような項目立てをするのが適切ではないかと思います。

 

②供述変遷の有無と理由

 刑弁起案では、ほぼ100%誰かの供述が変遷しています。ですので、供述の核心部分を特定した後は、その部分についての変遷を探すのが最初の作業になるといっていいでしょう。そして、変遷を見つけたらまず「ここと、ここが、こう違う!!」というぐらいの勢いで変遷があったことを具体的に示すことが必要です。また、供述変遷が生じた理由が合理的かどうかについての論述も必要になってきます。変遷が生じた理由が合理的・自然であれば、変遷後の供述に信用性が認められるという方向に傾きますし、逆に変遷が生じた理由が不合理・不自然でなければ変遷前の供述の信用性が認められる方向に傾きます。変遷の理由としては、下記があり得ます。

  • 刑事さんor検察官に言われて思い出しました
  • 刑事さんに証拠物を見せられて思い出しました
  • 唐突に思い出しました(その他意味不明な理由)

警察官・検察官による言葉や証拠物による誘導は、変遷後の供述の信用性に疑義を生じさせる重大な変遷理由なので、もしそれがあるのであれば指摘しておきましょう。また、唐突に思い出したなどを含めた意味不明な理由で証人が変遷を説明している場合には、その背後に「真の変遷理由」があるはずなので(例えば、公判直前になって共犯者たる被告人が否認していることを知った等)、理由の不合理・不自然を指摘した上で、真の変遷理由を探して記載しましょう。

 供述変遷項目で最も重要なのは、どの供述がどのように変遷したのか、正確に記載することです。個人的には、記録からそのまま引用したほうがいいのではないかと思います。変遷について勘違いすることを防げますし、採点もしやすそうですからね。

 

③客観的証拠との整合性

 一般的に最も重要とされているのは客観的証拠との整合性です。「このブツがあるならこの供述はおかしくないか」という指摘をガンガンやっていくことになります。まあ、あくまでも起案という範囲に限ってみれば、記録を見ればパッとわかるようなものが多いので、この点はこの場であえて説明すべきところはありません。

 

④自然性・合理性

 供述自体が自然で合理的かどうかを述べます。だいたいからして不自然・不合理な供述は客観的な証拠と合致していないものなので、客観的証拠との整合性がないことを十分に指摘しておけばそれで足りることが多いと思います。ちなみに、よくある不自然・不合理な供述としては「逮捕されたとき15万円もってたのは、前日たまたまパチンコで大勝したからだ。パチンコ屋の名前は憶えていない。」という供述です。そんな都合よくパチンコで大勝するのは不自然だし、大勝ちして記憶に残るはずのパチンコ屋の名前を忘れるなんていかにも不自然ですよね!でも考えてみれば、偶然大金を手にすることができるのってギャンブルぐらいですから、なんとか言い逃れようとしたらこう言うしかないですよね。

 ともかく、自然性・合理性だけが決め手となって信用性のあるなしが判断できる場合はほぼありません。

 

⑤観察条件

 特に、行為態様に関して争いがある場合、観察条件について論じる必要があることが多いと思います。大体は、暗い、目の前に障害物がある、といった悪条件があります。行為態様にかかる目撃者供述を潰す際には観察条件について注意するようにしましょう。この書き方は結構簡単なので特に細かくは説明しません。

 

(2)結論部分の書き方

 以上のような点に注意しつつ、信用性を検討し、信用できるorできないを結論付けることになります。大体の流れのパターンは下記のようなところではないでしょうか。

  • 供述内容が変遷しており、その変遷に合理的な理由がなく、変遷後の供述は客観的証拠と整合していない。
  • 供述内容が客観的証拠と整合しておらず、虚偽供述の動機がある
  • 観察条件が悪く、警察官or検察官の誘導もあったことから、事実と異なる供述をした

供述内容自体の自然性・合理性は、信用性検討の要素に上がってはいるものの、むしろ起案においては「上記のような事情がある結果として供述内容が不自然・不合理なものになっている」という結論部分の評価ととらえた方がよいのかもしれません。

 

 (3)見出し

 供述証拠の信用性検討については以上となります。なお刑事弁護起案では「検討要素ごとに見出しを立てる」というのが重要だと考えられており、これができていないと減点されるようなので、下記のように一々項目を立てて分析的に記載するのが良いようです。

①虚偽供述の動機

 Aには虚偽供述の動機がある。なぜなら…

②供述の変遷

 Aの供述は●月●日時点においては「…」、公判廷においては「…」と変遷しており、その変遷に合理的な理由がない。すなわち…

③客観的証拠との不整合

 Aの公判廷における「…」という供述は客観的な証拠と整合していない。すなわち…

④…

 

 個人的には文章の流れがよく、記載すべきことさえ記載していれば、起案的にはどんな形式だっていい気はするんですが…ビジュアル的に見やすい資料を作れという要請は裁判員裁判の影響ですかね?

 

7、まとめ

 さて、息切れしながらもなんとか書きたいことは書きました。ざっと自分で見返してみても、やる気満々で書いた検察起案の書き方と比較すると完成度が…とはいえ、最低限のことは書いたと思いますのでこの辺で筆を置かせてください。次回、民事裁判と民事弁護はまとめて書きます。おっと、飽きたとか疲れたとかそういうことじゃないですよ?共通する要素が多いのでまとめて書いた方が分かりやすいと思っただけです。

 

 

刑事弁護の基礎知識 第2版

刑事弁護の基礎知識 第2版

 

 

 

司法修習備忘録⑤刑裁起案の考え方と書き方

検察起案に続いて、刑裁起案について書きたいと思います。刑裁起案は経験則と反対仮説のセンスで勝負が決まる感が強いです。今回も基本的な部分を俯瞰しつつ、躓きやすいところについて重点的に書くという形にしたいと思います。

 

1、要証事実と証拠構造

(1)要証事実の現れ

 刑裁は裁判官の立場から、公訴事実と証明予定事実(検察側・弁護側双方)及び争点整理の結果に表れた要証事実が立証されているかどうかを起案していく科目です。記録は手続記録と事件記録に分割されていますが、まずは手続記録に載っている公訴事実・照明予定事実・争点整理の結果が大事ですので、しっかり確認して要証事実が何なのかを把握する必要があります。

(2)証拠構造の重要性

 争点となっている事実の存否の認定が、直接証拠型なのか間接事実型なのかを理解するのは、すべての科目と共通して極めて重要です。この点は何度繰り返しても繰り返しすぎということはないでしょう。

 

2、小問の形式と手続段階

 さて、刑事裁判の小問は、一度やった人は分かると思いますが、手続段階ごとに設けられています。従って、「手続がここまで進みました。この時点でこの問題はどう考えますか」という問題設定がなされているため、回答に当たっては、当該時点より前に出てきた記録はそれを前提にしなければならないし、逆に、当該時点より先の記録を前提にすることはできません。司法修習の序盤の講義で注意をされるのはまずこの点だと思われます。ここをミスしないコツは、「不必要に記録を先読みしない」ということだと思います。

 

3、事実認定起案の前提となる争点整理の結果

 さて、手続記録は争点整理の結果が記載されるところで終わっていると思いますが、事実認定の起案をするにあたっては、この争点整理の結果は絶対に無視してはいけません。3度見ぐらいしましょう。単に「この点を検討せよ」というだけでなく、「ここはいらない」とか書かれていることも当然あるので、要注意です。まあ争点整理の結果なんて普通は無視しないと思いますが、思い込みというのは誰にでもありますからね…

 

4、意味合い・重み

 さて、以上を前提として、刑裁事実認定起案における天王山ともいうべき意味合い、重みの話をしたいと思います。検察起案では「意味付け」という言葉が使われます。どっちも同じだろと思いますが、言葉にうるさい人たちなので、区別して使ってあげましょう笑。中身的には検察起案のそれとほぼ変わりませんが、刑裁起案では経験則と反対仮説は検察起案よりも緻密に書くひつようがあるというのが実感です。

(1)経験則

 細かい定義は白表紙を読んでもらうとして、雑に言うと「こういう事実があれば普通はこうだろ」という法則のことです。例えば、強盗未遂罪で起訴されたAに、財物奪取の意思があったかどうかという点を判断する際に、

  • Aが、被害者Vをボコボコに殴りつける前にVのセカンドバッグを強く引っ張っていた

という事実があった場合

  • セカンドバッグはそれ自体高価なことも多く、また、その中には財布などの貴重品が入っていることが通常であるから、他人のセカンドバッグを強く引っ張る奴は、セカンドバッグないしはその中の貴重品を奪おうと思っているのが普通

 という経験則が成り立つのであれば、上記の事実からAには財物奪取の意図があったということを推認することができます。

 検察起案の場合には、そこまで細かく経験則を記載する必要はないというのが実感ですが、刑裁起案では、この経験則に点数が結構降られているので、高得点を取ろうと思うと、センスの良い経験則をそれなりに細かく記載しておく必要があるでしょう。私はそもそも高得点を取れる感じがしなかったので、経験則についてはふわっとしたことを書いてました。上に記載した経験則がなんとなくいい加減なものであることから察していただければ幸いです笑

 

(2)反対仮説

 次に、反対仮説では、経験則とそれに即した事実が認められるとしても、経験則から導かれる結論が成立しない可能性があることを示す必要があります。上記の例でいうと、例えば

  • AはVをボコる前にセカンドバッグを引っ張ったが財物奪取の意思はなかった

という仮説が具体的に成立し得るかというところになります。この仮説が具体性を帯びるのは例えば、

  • VはAにセカンドバッグを引っ張られた後、Aに対してとんでもなく侮辱的な言動をした

というような事情がある場合には、Aはむしろこの侮辱的な言動に対して激昂したことからVをボコボコにしたのであって、財物奪取の意図をもってボコったのではないという仮説が現実性を帯びることになります。え、この例もなんかちょっとセンスないと思いました?そうなんです、私ちょっとこれ苦手なんですよね笑。だから起案はBでした…

  さて、以上を前提に、刑事裁判で躓きやすい部分について、また列挙方式で書いていきたいと思います。

5、刑裁起案躓きの石

(1)起案の型

 刑事裁判では起案の型がないので、少し戸惑いますよね。ただ、この点については、基本的には検察起案の型を流用しつつ、下記のような形にすればよいと思います。

①結論:Aには財物奪取の意図があった

②重要な間接事実

 ・間接事実1

  ・間接事実の概要

  ・認定プロセス

  ・意味合い・重み

 ・間接事実2

  ・間接事実の概要

  ・認定プロセス

  ・意味合い・重み

③総合評価・結論

④消極的事実の検討

 消極的事実を書く場所や総合評価の方法については後述します。また、検察起案と違って、事実認定には被疑者供述や共犯者供述を使っても大丈夫なので、信用性を十分に検討した上でこれらの供述を使って事実を認定していきましょう。ちなみに、信用性検討については事実認定をすべて書ききった後にまとめてやるというやり方もあります。ケースバイケースで分かりやすい方を選ぶということでよいと思います。

(2)時的要素

 認定をしようとしている事実が、どの時点における事実なのかということは大事です。例えば、Aがある住居に侵入してその中のタンスを物色したという事例において、侵入時点における「窃盗の目的」の有無が争点となっていたとします。この場合

  • 「タンスを物色している時点で窃盗の意思があったこと」
  • 「侵入時点で窃盗の意思があったこと」

は要証事実としては別ですが、検討しているうちに混乱して「間接事実Xがあるからタンス物色の時点で窃盗の目的があった」などと書いてしまう人が結構いるようです。しかし、争点となっているのはあくまで侵入時点における窃盗目的の有無なので、侵入時の態様、言動などの間接事実から、当該時点における窃盗目的を認定する必要があります。なお、上記の例においては「タンスを物色していたこと」は侵入時点における窃盗の意思を推認させる間接事実となります。

 刑事裁判の事実認定は、時間的要素のみならず、要証事実と認定事実のズレに対する許容度は非常に低いです。上記は「要証事実はよく確認しておこう」という一例と位置づけることができます。

(3)間接事実と反対仮説の関係

 ある間接事実を認定してその意味合い・重みを検討する際に、反対仮説として間接事実と両立しない仮説を立ててしまうことがありますが、これは誤りです。反対仮説とは「その間接事実の存在を前提としても、なお要証事実の推認を妨げる」仮説なので、間接事実とは両立するものでなければなりません。例えば、先に述べた

  • 「セカンドバッグを強く引っ張った」

という間接事実を認定した場合に、

  • 「セカンドバッグを引っ張っていない」説
  • 「セカンドバッグは引っ張ったが強く引っ張ってはいない」説

を反対仮説として上げるのは間違いです。そもそもセカンドバッグを強く引っ張ったということは認定できることを前提に重みを検討しているので、それと相反する反対仮説を立ててこれを検討することは矛盾です。

 これも当たり前のように見えますが、注意しないとやってしまいがちな誤りなので、意識するようにしましょう。

(4)供述の信用性検討

 刑裁起案においては、ある間接事実を認定するのに供述証拠を直接証拠として用いる場合が少なくありません。この際、検察起案とは異なり、被疑者(被告人)供述や共犯者供述を用いることも可能です。パターンとして多いのは、被害者や目撃者の供述と被疑者の供述が食い違っているというものです。この場合、検察起案的な発想をすれば、間接事実を認定する際に被害者・目撃者供述の信用性を検討し、被疑者供述はあとでまとめて全体の信用性を検討するという順序になるかと思います。

 しかし、刑裁起案においては、間接事実の認定の部分で、被害者・目撃者供述→被疑者供述とまとめて書いてしまって問題ないです。また、その際注意すべきなのは、検察起案とは異なり、信用性の検討は、供述全体ではなく「認定しようとする間接事実にフォーカスする必要がある」ということです。個別の間接事実の認定のために供述を用いろうとしているのですから、誰のどの部分の供述が信用できるのかということに的を絞って記載する必要があります。例えば「AがVのセカンドバッグを引っ張った」という事実認定で被害者供述と被告人供述が異なっている場合の検討順序はこんな感じになるのではないでしょうか。

  • 目撃者Xは「Aは、Vを殴る前にVのセカンドバッグを引っ張っていた」と供述しているが、この供述には信用性が認められる。なぜなら…(観察条件・客観的事実との合致…etcを述べる)。従って、目撃者Xの上記供述は信用でき、AがVを殴る前にVのセカンドバッグを引っ張ったという事実を認定することができる。
  • なお、この点についてAは「自分はVは殴ったが、セカンドバッグは引っ張っていない」と供述している。しかし、本供述は信用性が認められない。なぜなら…

なお、被害者供述を別の間接事実の認定にさらに用いる際には、重複部分については既に前の間接事実で記載したものを引用する形で問題ありません。

 刑事事実認定ガイドにも記載してあったように思いますが、供述の信用性検討において重要なのは、当該供述における核心部分の信用性です。そして、何が核心部分かは、事実認定をしようとする事実との関係で決まってきます。従って、刑裁事実認定においては、個別の間接事実に係る部分の供述をピンポイントで抜き出して、その部分についての信用性検討に集中するというスタンスが正しいと思われます。

 

(5)総合評価

 要証事実の立証に積極方向に働く事実について検討した後は、これらの事実の総合評価を行うことになります。検察起案と同様ですが、ここでは、各間接事実ごとに立てた仮説が、同時に成り立つ可能性(つまり合理的なアナザーストーリーが成立する可能性)を検討して、それが抽象的な可能性にとどまるかどうかを検討します。結論部分の表現として参考になるのは「被告人が犯人でないとしたならば合理的に説明できない事実関係」(最高裁第三小法廷平成22年4月27日判決)という文言です。

 これは要するに、アナザーストーリーが成立しないということを表現したものであるといえるので、結論部分で「本件において、●●でないとしたら合理的に説明できない事実関係が存在する。従って、●●は認められる」と書いておくと論述が引き締まります。なお、一般に刑裁起案では「認定落ちや無罪起案はない」とされていますが、71期の即日起案では無罪起案が出ているので、必ずしもそう言い切ることはできないでしょう。

(6)消極的事実の検討

 最後に、消極的事実の検討について記載します。刑事事実認定ガイドにも書いてあると思いますが、総合評価の段階で既に要証事実が認定できないという結論が出ている場合には消極的事実の検討は不必要です。積極的事実を全部集めても認定できないなら消極的事実を検討するのは過剰検討といえるからです。従って、積極的事実の検討で、要証事実が認定できるという場合、消極的事実を検討することになります。

 この際、反対仮説の中で検討している事実や、間接事実の認定の際に検討している被疑者の弁解に係る消極的間接事実は検討する必要はありません。積極的事実の認定の際には検討しなかった事実であって、要証事実の立証を妨げる消極的事実を検討すれば足ります。また、消極的事実は、要証事実の立証を妨げればよいので、意味合い・重みといった検討をそこまで丁寧にする必要はありません。例えば、セカンドバッグの事例で

  • Aは犯行前に「俺は金にはそこまで困ってないんだよ」と言っていたこと

という事実があったとしたら、これは財物奪取の意図との関係では消極方向に働く事実であるといえると思います。この事実が、総合評価の結果を覆すに足りるだけの意味があるのかということを検討することになりますが、およそそのように見えないのであれば、簡単に「推認を妨げるものではない」という程度の評価をしておけばよいと思いますし、まあまあ筋がいい事実だなと思ったら、どのような機序で推認を妨げるのか意味合い・重みを意識しながら記載すればよいと思います。

 ただ、一般論としていえば、積極方向に働く間接事実を認定した段階で、主要な消極的事実は信用性検討や反対仮説の中で検討しているのが通常なので、消極的事実の検討時にクリティカルな事実がでてくることはあまりないと言えます。従って、しょぼい中でもまだ筋がよさそうな事実を2・3挙げて簡単に論駁しておくということで足りるのではないかと思われます。

 

6、まとめ

 さて、刑事裁判起案については以上の通りです。ざっと読んでいただいて分かる通り、私は刑裁起案がそこまで得意ではありませんので、一部記載が抽象的になっています。あらためて自分で書いてみると理解が甘いことがよくわかりますね笑。やはり重要なのは経験則と反対仮説をどう構成するかというところで、これは中々鍛えにくい部分ではあるかと思います。講義や実務修習中に、刑事裁判官が「…という経験則があるよね」とか言っていたら、メモって蓄積するようにしておけば、これらを構成するセンスが磨けるのかなと思いますので、苦手なひとは心がけてみればいかがでしょうか。

 

うーん、刑事裁判起案についてはまだまだ深化の余地がありますね…

 

司法修習備忘録④検察起案の考え方と書き方

今回からは何回かに分けて、司法修習での起案の基礎となる考え方と実際の起案について、全体を俯瞰しつつ、私が躓いたところ意識しながら書いていきたいと思います。

 

 

1、検察起案の鉄則

「終局処分起案の考え方」に則って書く、というのは鉄則中の鉄則です。初めから口を酸っぱくして「ええからこれ覚えとけ」と言われるので、形式面ではこれを完璧に記憶するのがまずは最優先となります。私は集合修習中期まで、若干細部についての記憶があいまいなまま起案をしていたので、少し苦労しました。

 

2、要証事実と証拠構造

(1)要証事実

 刑事裁判でも民事裁判でも、まずは要証事実(主要事実)が何なのかということを明確に認識することがスタート地点となります。刑事裁判における要証事実は、まずは起訴状に記載された公訴事実という形で示され、その後、証明予定事実記載書でより細かな内容や重要な間接事実が示されることになります。前提としてここを明確に認識しておかないと、起案で検討すべき点についての理解が曖昧になります。

 そして、検察起案における主な要証事実は、①犯人性、②構成要件該当事実(及び違法性阻却事由・責任阻却自由の不存在等)ということになります。前者は、公訴事実記載の行為を行ったのが被告人であるという事実、後者はその行為が構成要件に該当する違法・有責な行為であるという事実です。以下、犯人性と構成要件該当事実(検察起案では「犯罪の成否」と呼びます)について、具体的にどういうことを意味しているのかを少し詳しく見ます。

①犯人性について

 例えば、AがVを包丁で刺して殺したという事件があったとします。Aは犯行現場から逃走し、その後、警察はなんやかんやと証拠を集めて山田太郎という男がVを殺したAなんじゃなかろうかということで逮捕してみました。では、山田太郎は本当にVを殺したAなのか。この疑問に答えるのが犯人性についての起案です。ここでの要証事実は山田太郎が(Vを刺して殺した)犯人だ」ということになります。

②犯罪の成否について

 仮に、犯人性の検討で山田太郎がAであるということが認められたとします。犯罪の成否とは、この山田太郎が犯人であることを前提として山田太郎の行為が殺人罪の構成要件に該当することを認定する起案です。要証事実は「(山田太郎の)殺人の実行行為、結果、実行行為と結果との間の因果関係、故意」ということになります。

 ここで一つ疑問が湧くと思います。「そもそも犯人性の起案をするときに、AがVを包丁で刺して殺したということは認定しているのだから、さらに犯罪の成否を検討するのは重複なんじゃないか」…確かにそういった側面はあります。ただ、犯人性の検討部分では、被疑者の主観面(故意や不法領得の意思)や違法性阻却事由は検討しませんし、社会的事実として、客観的に上記のような事実が認められることと、法的評価として殺人罪が成立するか否かは一応は区別可能だと考えます。

 従って、とりあえずの理解として、犯人性の検討は「なんか問題となりそうな事件を起こしたのは誰なのか」という検討で、犯罪の成否とは「問題となりそうな事件は刑法的に見れば何罪に該当するのか」の検討だと考えておけばいいと思います。これらは「終局処分起案の考え方」の1ページ目にさらっと記載してあって読み飛ばしがちな事項なのですが、起案を組み立てるにあたってはこれらの事項を理解しておくことが極めて重要ですので、よく理解しておきましょう。

 

(2)証拠構造

 次に、要証事実が明らかになったとして、それをどのような証拠で認定するのかが問題となります。講義では、直接証拠による要証事実の認定と、間接事実による要証事実の認定というのを習うと思います。それぞれがどのような認定プロセスになるのかは、白表紙をよく読めば分かりますが、証拠構造はマジで重要なので、どんな起案をするにしても意識するようにしてください。以下では、犯人性にかかる直接証拠と間接事実の具体例を挙げます。

①直接証拠

 典型的には、被害者供述・目撃者供述(山田太郎がVを殺したところを見た)や、犯人の自白(俺がVを殺した)がこれに当たります。もちろん、これら以外にも直接証拠はありえますが(例えば一定の条件を満たしている防犯カメラ映像等)、検察起案、特に犯人性の部分については都合のいい直接証拠はほぼ出てくることはありません。直接証拠があれば一発で犯人性を認定できるので、起案としての意味をなさないためだと考えられます。検察起案において重要なのは、間接事実です。

②間接事実

 検察起案では特に犯人性起案について、いくつか典型的な間接事実があり、それを抽象レベルで押さえておけば、ほぼすべての起案に対応できます。なお、経験則と反対仮説については、刑裁起案の記事で詳しく述べるので省略します。

  • 被害品の近接所持:「被疑者は盗まれた財布を時間的場所的に接着した場所で持ってた。だから被疑者は犯人だ」ということです。検察起案の被疑者は、よく被害品を犯行現場周辺で所持しています。なお現実には、財布を盗んだ窃盗犯は財布から金を抜き取って即座に財布を捨てます。
  • 現場に残された血液のDNA型と被疑者のDNA型の一致:「現場に遺留された血液のDNA型と被疑者のDNA型が一致した。だから被疑者が犯人だ」ということです。検察起案ではよく犯人が被害者の抵抗にあって血を流し、その血痕が現場に残っています。そしてその血痕から採取したDNA型と、被疑者のDNA型は、奇妙なことに大体一致します。
  • 犯行供用物件の近接所持:「被疑者は犯行に使用された車や凶器を持っていた。だから被疑者が犯人だ」ということです。検察起案では犯人は車・包丁・ロープなど多彩なモノを用いて犯行を行います。そしてそれらのモノは、なぜか特徴的です。
  • 犯人と被疑者の特徴一致:「防犯カメラに映っている犯人の特徴と被疑者の特徴が一致しているor被害者の目撃供述から認定できる犯人の特徴と被疑者の特徴が一致している。だから被疑者は犯人だ」ということです。これは結構眉唾です。メインの間接事実にするのは難しいことが多いです。
  • 犯行手段の排他性:「ある手段を用いて犯行を行うことができるのは被疑者だけだった。だから犯人は被疑者」ということです。たまに見ました。犯行供用物件の近接所持の亜種みたいな感じです。
  • 犯行動機がある:「被害者は金に困っている。だから被疑者が犯人だ」ということです。ぱっと見で分かるように、これも眉唾です。メインの間接事実にするのは難しいことが多いですが、とりあえず挨拶程度に書いておきましょう。

 この内、重要なのは上3つ、犯人と被疑者の特徴一致は時々重要、ということが多いです。「犯行によって移動したモノ(被害品・遺留物・犯行供用物件)が犯人と被疑者を結びつけるカギになる」と考えておけばいいでしょう。記録を読むときは、「このモノはどうやって被疑者のところに移動したのか/被疑者はどうやってこのモノを使ったのか」という視点で読むと、間接事実が整理しやすくなります。

 

(3)小括

 さて、ここまでで検察起案というのは「①犯人性と、②犯罪の成否を、直接証拠と間接事実を用いて認定するプロセスを、終局処分起案の考え方に従って書く起案である」ということが明らかになったと思います。以下では、実際に起案を行う際に躓きやすい部分を箇条書きのような形で記載していきます。

 

3、検察起案躓きの石(犯人性)

(1)記録読みの順序と観点

 記録を読む順番をどうするか、何を意識して読むかというのは、修習初期においては非常に迷う部分です。まず、記録読みに慣れていない段階では頭から順番に読むことをお勧めします。記録は時系列に並べられていて、ざっくりとは初動捜査→逮捕・勾留→裏付け捜査といった具合に展開していきます。ここで最も重要なのは、逮捕に至るまでの記録です。なぜなら、警察官は逮捕に至るまでの捜査で、犯人性・構成要件該当性いずれも被疑者が行ったと疑うに足りる相当な理由があると判断し、裁判官もこれを認めて令状を発布しています。つまり、逮捕までの段階で、ある程度決定的な証拠が出てきているはずで、どの証拠を根拠に逮捕をしたのかを特定すれば、自ずと記載すべき重要な間接事実が明らかになるからです。

 逮捕が行われたのちは、被疑者の取り調べが行われて供述が録取されますが、その後の捜査はこの供述の裏付けや、逮捕時までにそろわなかった追加の証拠の収集が行われます。さらに、検察官による供述録取では、検察官が公訴を維持するために補強が必要であると考えた事項について取り調べが行われ、その後の捜査はその裏付けのための証拠収集が行われます。この段階において重要なのは、被疑者が否認をしている場合には、その弁解を裏付ける事実があるのか(起案上は被疑者供述の信用性検討という形で表現されます)、その弁解を前提としてもなお公訴を維持するに足りるだけの事実関係があるのか、ということが記録上読み取れるかどうかになります。そして検察起案においては、いずれも必ず記録上読み取れるようになっています。

 まとめると、逮捕までの記録を読んで最も重要な間接事実を把握し、逮捕後の供述録取や裏付け捜査の記録から、合理的なアナザーストーリーを潰すに足りる間接事実を探し出すというのが、記録の大まかな読み方になると思われます。ただ、私のクラスの検察志望の非常に優秀な修習生は「まず検面調書から読んで公訴維持の障害になりうる重要な論点がどこなのかを把握した上で、前から記録を読む」と言っていました。これは記録全体の構造が頭に入っていて、検察起案における典型的なストーリーを知悉しているからこそできる読み方なので、初心者にはあまりお勧めしませんが、卓見だと思います。

(2)前提となる犯罪事実の書き方

 さて、前半でも述べましたが、犯人性の論述をするにあたっても、前提となる犯罪事実を一定程度は記載する必要があります。何が起きたかが分からなければ、ある間接事実がなぜ被疑者の犯人性を推認させるのか分からないからです。では、どのタイミングでどうやって書けばいいのか。記載例でいえば認定プロセスの第一段落が、間接事実検討の前提となる犯罪事実の記載ということになります。例えば、現場に遺留されたDNA型と、被疑者のDNA型が一致したという間接事実を記載したいとするのであれば、認定プロセスの冒頭で。

  • 犯人は●月●日●時頃に、▲▲で、Vを日本刀で刺し、その際、Vともみ合いになって転倒した拍子に、床に落ちていたガラス片で左手の手のひらを負傷した(V供述)。以下「現場から採取されたガラス片に血液が付着していたこと、その血液と被疑者の血液DNA型の同一性を鑑定したところ、同一であることが明らかになった」ということを論述。

といったような形で、最初に記載する間接事実の部分で、さらっと「何があったのか」を書いておけばいいかと思います。もちろん、認定するために用いた証拠の引用は必要ですし、それが供述証拠であれば必要に応じて信用性の検討をしなければなりません(信用性に疑義を生じさせるような事情がないのであれば単に「●●供述」とだけ記載するでも問題ありませんが、この際、被疑者供述を用いないように注意してください)。そして、例えば続く間接事実で、犯行に使用された日本刀を被疑者が所持していたことを指摘したいのであれば、

  •  間接事実1に記載の通り、犯人は日本刀でVを刺している(V供述)。以下、被疑者が日本刀を所持していたこと、その日本刀が犯行に使用されたものと同一であることを示す事実を論述。

というように、多少重複になってもいいので、毎度さらっと間接事実の内容にかかわる部分の犯行の様子を記載をしておくといいと思います。私はこの部分の記載の仕方がいい加減で、起案のコメントで「概要でいいので何が起こったのか書くように」と指摘されていました。

 なお、一点注意すべきなのは、被害者供述です。考えれば当たり前ですが、犯行の様子に関する被害者の目撃供述は、一見直接証拠のように見えますが、犯人性の認定との関連では直接証拠ではありません。従って、前提事実に関する部分については、被害者供述を用いて直接認定することは可能です。

(3)間接事実のまとめ方

 次に間接事実のまとめ方についてです。起案講評においてよく言われていたのが「間接事実を分解しすぎずある程度まとめて書け」ということです。ただ、ある程度まとめて、といわれても実際どうしたらいいのかはよくわからないですよね。そもそもまとまっていない間接事実の書き方を見せてくれという話です。一つの視点としては、検察起案においては、犯人性を認定する決め手になるような間接事実は多くても3つぐらいで、あとはその3つを補完するような間接事実であることが多いため、間接事実の合計は重要なものが2・3個、補完的なものが2・3個で計6個ぐらいになるのが普通です。そうすると、これ以上間接事実が上がっているとすれば、細かいところまで上げすぎが、分解しすぎということになってきます。あまりにも挙げている間接事実の数が多くなる場合は、まとめることを検討しましょう。

 さて、具体的に分解しすぎというのはどういうことをいうかを書きます。例えば「犯行に使用された包丁と、被疑者が購入していた包丁が同一であること」という間接事実を認定したいとします。そのためには

  • 犯行に使用され、現場に遺留された包丁にユニークな特徴があること(シリアルナンバーがふられていることなど)
  • 被疑者が購入していた包丁に上記と同一の特徴があること
  • 特徴が一致する包丁が他に存在しないこと(シリアルナンバーがユニークであること)

といった事実を証拠によって認定する必要があります。上記の事実は分解して書こうと思えば書くことができますが、分解して書くと一つ一つの推認力が落ち、総合評価で強い推認力が生じるという迂遠な認定になります。それなら初めから「犯行に使用された包丁と、被疑者が購入していた包丁が同一であること」と掲示して、その認定プロセスの中ですべて触れてしまうのが良いと思います。

 まとめると、ある特定の事項について複数の間接事実が挙げられると思った場合は、それらを色々な角度から分解して記載するのではなく、まとめるとどういうことが言えるのかという観点から大きい間接事実を考えましょうということになります。そこで効いてくるのが、前に述べた犯人性の認定にかかる典型的な間接事実です。だいたい記載したような間接事実でまとめて書くことができます。

 

(4)供述証拠の信用性検討の密度とタイミング

  供述証拠(直接証拠と被疑者供述・共犯者供述以外の供述証拠のこととします)の信用性検討の方法は、白表紙に書いてある通りなので割愛しますが、いつ、どの程度検討する必要があるのかは迷うところです。

①大した供述じゃないor信用性に疑義がない場合

 大して信用性に疑義を生じさせるような事情がない場合には、証拠引用の()書きの中にさらっと「(V供述。1/20報などの客観的証拠と合致し、その他不自然不合理な点はなく、信用性は認められる)」と書くぐらいでもいいと思います。

②重要な供述で信用性に疑義がある場合

 間接事実の根幹に関わるような供述証拠であって、かつ、信用性に疑義が生じるような事情がある場合には、信用性検討はがっつりやる必要があるでしょう。この場合、信用性検討の場所は通常、「その間接事実の認定プロセスの中」ということになるでしょう。認定プロセスの中で段落を変える、ナンバリングを変えるなどして、独立した項目を設けてもいいと思います。例えば下記です。

  • 本件で、犯人はVを日本刀で切りつけた後、Vのカバンをあさって財布を盗んでいる。これは、Bの供述より認定することができる。この点にかかるBの供述の信用性が認められることは、以下の通りである。すなわち、Bが犯行を目撃した時間は午後14時、場所は路上であって視認条件には特段の問題はなく…(以下信用性検討)…以上によれば、Bの供述の信用性は認められる。

③重要な供述で複数の間接事実にまたがっている場合

 複数の間接事実にまたがっている場合、信用性検討の場所としては、一番初めにでてきた間接事実ですべて検討してしまうか、間接事実ごとに供述を切り出して検討するということが考えられます。初めに出てきた間接事実の部分で全体の信用性を検討すると、後で引用するのが楽な一方、検討を落とすと後ろの方でリカバリーがしにくいので、これはケースバイケースです。一般論としては「信用性検討のポイントと、各間接事実との絡みが全て見えている場合には、最初の間接事実の認定プロセスの中でまとめて検討する、そうでない場合には各事実ごとに切り出して検討する」ということでいいと思います。まとめて検討する場合の記載は、②の記載を全体に拡張して書くだけです。

 

(5)推認力検討

 間接事実が犯人性を推認させるとして、その推認力がどの程度なのかを記載する際に、反対仮説の検討がキモになります。これは講義で当然言われることです。ただ、慣れていないうちはどうしてもセンスのない反対仮説を立てがちですので、典型的な反対仮説を以下に紹介しておきます。これは、典型的な間接事実と裏返しの関係にあります。

  • 被害品の近接所持:「被疑者は盗まれた財布を時間的場所的に接着した場所で持ってた。だから被疑者は犯人だ」に対しては「被疑者が第三者(真犯人)から被害品を受け取った」という反対仮説が立ちます。この反対仮説が合理的かどうかは、時間的場所的な接着の程度、具体的に想定し得る第三者の存在で変動します。
  • 現場に残された血液のDNA型と被疑者のDNA型の一致:「現場に遺留された血液のDNA型と被疑者のDNA型が一致した。だから被疑者が犯人だ」に対しては「犯行時以外の場面で被疑者の血液が犯行現場に付着した」という反対仮説が立ちます。この反対仮説の合理性は、付着させる別の機会が具体的にあったかどうか、で変動します。
  • 犯行供用物件の近接所持:「被疑者は犯行に使用された車や凶器を持っていた。だから被疑者が犯人だ」に対しては「被疑者は第三者(真犯人)からこれらのモノを受け取った」という反対仮説が立ちます。この反対仮説の合理性検討は、被害品の近接所持と同様です。
  • 犯人と被疑者の特徴一致:「防犯カメラに映っている犯人の特徴と被疑者の特徴が一致しているor被害者の目撃供述から認定できる犯人の特徴と被疑者の特徴が一致している。だから被疑者は犯人だ」に対しては「特徴が似ているだけで別人だ」という反対仮説が立ちます。この反対仮説の合理性は、特徴のユニークさ(「左ほほに十字傷がある赤毛の男」であればほぼ抜刀斎だ等)と、目撃者と被疑者の関係(数年来の友人でよく顔を知っているので間違えない)に依存します。
  • 犯行手段の排他性:「ある手段を用いて犯行を行うことができるのは被疑者だけだった。だから犯人は被疑者」が成り立つと反対仮説の成立は困難です。ただ、「可能性が高い」という程度にとどまるのであれば「被疑者以外の第三者が犯行を行った」という反対仮説が立ちます。この反対仮説の合理性は、当該犯行手段を行うことができる第三者を具体的に想定できるかどうかに依存します。
  • 犯行動機がある:「被害者は金に困っている。だから被疑者が犯人だ」に対しては「動機はあるが被疑者は犯行には出ておらず、やはり犯人は第三者」という反対仮説が立ちます。この反対仮説はそれ自体として合理的なことが多く、具体的な事情を検討するまでもなく推認力は低いとして差し支えない場合が多いです。

 

まとめると、最も重要な遺留品・被害品・犯行供用物については、「第三者(真犯人)から受け取った/渡した、そしてその可能性が具体的に存在する」ということが主要な反対仮説になりますので、そのようなことを書いておけば最低限の点数はもらえます。たまにトリッキーですが合理的な反対仮説がある場合がありますが、それはみんな思いつかないので大丈夫です。

 

(6)総合評価のやりかた

 最後に、総合評価の行い方について検討します。まず重要な間接事実は2つか3つだと思われるので、それらを否定する反対仮説が同時に成り立ちうるかを書きます(当たり前ですが大体なりたたないです)。その上で、それらの間接事実から考えられる合理的なストーリーを書きます。そして、その他の間接事実がストーリーを補強することを指摘し、重要な間接事実の立証方法とその難易を書いて終了です。このうち重要なのは「間接事実を複数上げて、それらの反対仮説が同時に成立する現実性がないこと」を指摘することです。総合評価は書きにくい部分はありますが、慣れればわりと簡単なので(「その反対仮説同時に成り立ったとしたら犯人かなりクレイジーじゃね?」みたいな視点を持てばいいと思います)、何度か起案をする中で意識的に取り組むと良いでしょう。

 

4、検察起案躓きの石②犯罪の成否

 犯罪の成否についてはあまり書くことはないのですが、一般的にやってしまいがちなこと箇条書きで書いていきます。

(1)時間切れ

 犯人性の論述で力を使い果たして時間切れになることがよくあります。全体の答案作成バランスを考えましょう。犯人性の論述で些末な間接事実を上げすぎると時間切れになります。

(2)構成要件の意義が適当

 構成要件の意義の記載が適当になってしまいます。刑法各論とかすっかり忘れて定義も言えないポンコツになっていた私は、思い出すのに苦労しました。また、時間がないと適当に書きがちです。

(3)証拠引用不十分

 犯罪の成否においても、事実の認定は証拠に基づいて行わなければなりませんし、供述証拠を用いる場合には信用性を検討する必要があります。時間が足りないことからこれを適当にやってしまうことがよくありますが、あまりにもおろそかにしすぎると二回試験でやられますので注意しましょう。

(4)消極的証拠の不検討

 犯人性の論述では消極的証拠は反対仮説の合理性検討という文脈でしかでてこないので前面に出てきませんが、犯罪の成否では結構でてきます。特に被疑者の弁解には注意しましょう。

 

5、まとめ

 さて、凄まじい長文になってしまいましたが、検察起案については以上です。自分が取り組んだこと、躓いたことはほぼすべて網羅したつもりなので、晴れて検察起案の記憶は脳の最深部に閉じ込めることができ、個人的にも満足です。次回は刑事裁判起案について書きたいと思います。

 

 

刑事事実認定重要判決50選〔第2版〕(上)

刑事事実認定重要判決50選〔第2版〕(上)

 
刑事事実認定重要判決50選〔第2版〕(下)

刑事事実認定重要判決50選〔第2版〕(下)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

仕事をする上でのメンタルコントロール

 本日は弁護士の一斉登録日ですね。ピカピカの弁護士バッチをつけた新人弁護士が街にあふれかえる…ということはないと思いますが、今日から稼働だよ、という人も多いのではないかと思います。

 そこで、今日はメンタルコントロールについて書きたいと思います。仕事をする上で自分のメンタルをクリーンに保つことは重要ですよね。私は弁護士として稼働していたわけではないですが、社会人の先輩として先輩風を暴風のように吹かせて、「メンタルのコントロールはなぁ、こうやるんや!!」と言ってみたいと思います。

 

 

 

1、そもそもメンタルやられるとは

 メンタルやられるのイメージの典型は「うつ病に罹患する」だと思われます。うつ病については下記資料に詳しい記載がなされているので、興味がある人は一読してみてください。診断基準にあてはまるようならとりあえず心療内科を受診しましょう。

http://www.secretariat.ne.jp/jsmd/mood_disorder/img/160731.pdf

 医学的な話は上記の資料の通りだと思いますが、以下ではもっぱら経験的な観点から、メンタルコントロールをどうしていくのかという話をしていきたいと思います。

 

2、睡眠・運動・食事

  適度に眠り、運動し、きちんと食事するすることが健康を保つために必要なピラミッドであるということは中学生の家庭科の教科書にも書いてありますね。まずはこの部分を整えることが重要です。そして、これらのいずれかがおろそかになるような生活習慣となっている場合、その時点でメンタルの維持に赤信号がともっているといって間違いないでしょう。ついでに生活習慣病予備軍にもなっていると思われます。基本中の基本ですので、ここは死守しましょう。

 

3、自分の気質を知る

 次に、自分の性格をよく知ることが大事です。性格診断ツールは山ほどありますし、いくつかやって平均とって分析してみるのがいいでしょう。経験的ですが、注意すべきなのはやはり下記のような気質をもっている人ではないかと思います。

  • 完璧主義:完璧に仕事ができない自分を責める
  • 勤勉:コツコツ努力して結果を出す
  • 神経質:いろいろなことが気になる、不安を感じる
  • 自責思考:起こった結果が自分のせいだと思う
  • 従順:人の言うことをよく聞く

 いずれにしても、一般的には、人の言うことを聞いて一生懸命真面目に取り組み、完璧を目指す人がメンタルを崩しがちと言われていますが、私の周りでメンタルをやってしまった人をみていると確かにそうなんだろうという感じがします。なお、上記の気質は仕事をしていくためには一定程度必要とされるものですし、司法試験に合格するような人は必ず上記のいずれかの気質を複数備えていると考えられます。つまり法曹は全員メンタルやられる可能性があるぐらいに思っておいた方がいいでしょう。

 ちなみに、よく「成長するためには他責ではなく自責」といっている人がいますが、元気な時はそれでいいですが元気がなくなっているときは「俺なんも悪くねーし」と思わないと壊れてしまいます。何事も加減が大事ですね。

  参考までに。一つ正確診断テストを置いておきます。

無料性格診断テスト | 16Personalities

4、振り返り・言語化によるストレス源の特定

 さて、次に精神的なストレスを感じた時に、そのストレスを解消するために私がやっていることとして、振り返り・言語化を説明します。

 まず、何らかの事象が生じたときに(例えばボスに怒られた)、なぜその事象が生じて(仕事でミスった)、それに対してなぜ自分がストレスを感じているのか(怒られるということは評価が下がったということだから給料下げられるかも)、ということを言語化していきます。言語化することで、自分が悩んでいることがしょうもないことなのか、それとも深刻なことなのかを明らかにすることができ、前者であればとっとと忘れればいいですし、後者でであればちゃんとソリューションを考えないといけないということになります。

 また、なぜストレスを感じているのかという点の分析に際して、自分の気質を考慮することは重要です。「生真面目に考えすぎているんじゃないだろうか」「完璧主義的に取り組みすぎじゃないだろうか」といったことを意識すると、自分の考えのゆがみに対して客観的な態度をとることができ、次項で述べるストレス源の解消方法の模索をフラットに行うことができると思います。

 

5、ストレス源の解消方法の模索

 例えば仕事でミスってボスに怒られてストレスを感じたという場合、ソリューションは下記ということになると思います。なお、実際にはもっと詳細に細かい定義やステップを書きだしていきます。

  • いい仕事をして挽回をはかる
  • ボスからの評価さがっても別にいいやと開き直る
  • ボスとのコミュニケーション方法を改める
  • 次からは怒られたら逆切れしてボスをビビらせ、怒られないようにする
  • 事務所を辞める
  • ボスを消す

 重要なのは、実現可能性が低い選択肢も含めて全部出し切ることです。最悪どうすれば根本的にストレスを解消することができるかを認識しておけば、それ自体が安心感を得ることにつながります(「やめるという選択肢もあるがまだそこまでには至っていないな」「ボスを消すという選択肢は違法なので無理だな。まあやめればいいな」等)。そして、実際に考え付いたソリューションを試してみて、また振り返りとソリューションver2.0を考えます。繰り返すうちに徐々に最適化が進み、いつのまにかストレス源が消滅しているというのが理想です。

 ちなみに私は、壁一面に静電気接着のホワイトボードシートを張り付けて仕事で悩んでいるところをすべて書き出し、じっと眺めてどう解決するかを考えてアイデアを書きだしてました。この話をすると狂人扱いされますが、やりはじめてからメンタルの安定度が格段に上がりました。物販コーナーみたいでごめんなさい笑

 

6、メンタルが赤信号であることに気が付く端緒

 さて、いろいろ考えて取り組んでみてもストレスを解消できず、徐々にメンタルが蝕まれていったとします。自分ではメンタルがやられていることは気が付きにくいものですが、分かりやすい端緒としては「勤怠が乱れる」というものがあります。私が働いていた時も、メンタルを病む人はまず朝の遅刻が増え、徐々に半休・欠勤が増え、最終的には会社に来なくなるというパターンが非常に多かったです。急に来なくなるというパターンはあまりありませんでした。

 要するに

  • 朝起きれずに遅刻することが増えてきた

 という事象が発生すればもう赤信号です。ストレス源除去のためにかなりドラスティックな方法(仕事を辞める、長期休暇に入る)をとるべき段階に来ています。私自身は「朝きちんと起きて出社する気力があるうちは大丈夫だ」と思いながら仕事をしていました。

 

6、逃げる時は全速力

 さて、「これはちょっともう完全に無理ですな」と思った時は、逃げましょう。全力です。腹を括っていない人だと「体調がよくないので少し休ませてほしい」とか言ってしまいがちですが、良くないです。診断書をたたきつけて「体調が悪いのでこれ以上働けません。もう無理です。明日から行きません」ぐらいの勢いで言わないと相手にヤバさが伝わりません。社会的な評価を気にしている場合ではないです。最悪ですが無言で逃げるのもありです。生き延びるためにやれることはなんでもやらないといけない段階に至ったら、躊躇している場合ではありません。

 急に休んだらボスや同僚に迷惑をかけるんじゃないかと思ってしまいますが、当たり前のように迷惑はかかります。「おい、●●に連絡つかねーぞ!今日期日じゃないのか、どうなってんだ!」「くっそー●●の仕事なのになんでおれがやらないといけないんだよ」といった怒号が事務所内で飛ぶことでしょう。しかし、迷惑をかけられてもとりあえず何とかリカバリーしようとするのが大人じゃないですかね?大体のことは残った人で何とかできます。何とかできないなら、そういった不測の事態に備えていなかったボスの責任です。

 もちろん、多少でも余裕が残っているのであれば、業務を引き継いだり、休む期間を調整したりといった人間みたいな振る舞いをすることが望ましいことは付記しておきます。

 

7、既にヤバい人は早く病院に行って弁護士を雇おう

 もう既に限界が近い、という人は、とりあえず心療内科に行きましょう。そして弁護士を雇いましょう。弁護士って退職の交渉代理してくれますよね。もはやボスや同僚とコミュニケーションをとることすら辛い場合、弁護士に依頼してしまうのがいいと思います。自分が弁護士で法律事務所の中の話だから弁護士を雇って交渉するなんてできないというのは思い込みです。手段を選んでいる場合ではありません。

 

8、ストレス解消法としての酒や運動

 ストレス解消方法としてスポーツをしたり、友人と酒を飲んだり、ゲームをしたりということを挙げる人は結構いますが、私はこれらの行為が強度のストレス解消に直接寄与するとは思いません。大したストレスでなければ、これらの行為をする中で解消することができるかもしれません。しかし、仕事で感じた強度のストレスは、仕事の完遂か、仕事そのものから逃げることでしか根本的には解決しないと思っています。尤も、上記の行為に取り組む中で新たなアイデアが湧いてきたりすることもあるので、その意味では一定程度ストレスの解消に寄与することもあるでしょう。しかし、まずやるべきなのはストレス源をどう除去するかを多角的に検討し、除去できずメンタルがやられているならとっとと逃げる、というところだと思います。

 

9、まとめ

 ということでメンタルコントロールについて書いてみました。まとめると「自分の性格をよく把握した上で、ストレスとまっすぐ向き合うか逃げるかどちらかの選択をする」ということだと思います。また、個人的には「やばくなったら全力で逃げる」という選択肢を持っておくことが一番重要だと思います。最悪これでなんとかなる、という手段をイメージしておけば、安心感はぐっと高まりますからね。本記事の内容は項目1を除いて私の主観と経験に基づく独断と偏見にまみれた内容ですので、信用性にはやや疑義があるかもしれませんが、参考にしてもらえれば幸いです。

 

司法修習備忘録③二回試験当日の行動

今日は、二回試験本番の様子を書いてみたいと思います。

 

 

1、会場への到着

 私の受験会場は新梅田研修センターでした。歩いて数分の地点にホテルがあったので、そこにずっと宿泊していました。楽は楽でしたが近すぎると気持ちの切り替えが効かない部分はあったかと思います。ということで会場にはすぐ着きます。

 

2、会場の設備

 普通の椅子に普通の机です。エレベーターは事前に申請した人しか使用できません。ちなみにトイレは各フロア1か所ずつあるのですが、大をする場所は各トイレに1つずつしかないので、会場に着くまでに出すものを出しておいた方が無難です。試験中、飲み物を買うことはできないので予め購入しておきましょう。後は特に何の特徴もない普通の試験会場です。

 

3、昼食

 1日目は近くのコンビニで買ったウィダーインゼリー・カロリーメートと、飲み物としてリボビタンD・お茶を持ち込みました。リボビタンDはブドウ糖とカフェインがドバっと入っているので、試験中に飲むと頭がすっきりする(ような気がする)ので、あらゆる試験の時に持ち込んでいます。ちなみに、飲み物は机の上に二つまで置くことができ、空になったらカバンの中に入れている新しい飲み物と交換することができます。あまりやっている人は見かけませんでしたが。

 

 2日目は、上記の食べ物では味気がなさ過ぎてお昼にテンションが下がってしまうので、大阪駅構内にあるパン屋さんでおいしそうなパンを買って、それとウィダーインゼリーを食べることにしました。炭水化物を食べると眠くなるのですが、少しでも楽しみを用意しておくことは辛く長い二回試験を乗り切る上で重要だと思っていたので、リスクをとることにしました。また、魔法瓶を用意し、その中にお昼に飲むコーヒーを入れることにしました。これで昼食は優雅にパンとコーヒーをいただくことができます。細かいところのクオリティを上げにいくのが私の人生のスタイルです。村上春樹の小説にでてくる人みたいで少し気持ち悪いですね笑。

 

 3日目以降は2日目と同様です。やはりおいしいものを食べるとリラックスした気持ちになるので、パンに切り替えたのは正解でした。周りの人は普通にコンビニのお弁当やおにぎりを食べたりしていました。

 

4、試験中のトイレ

 ほぼ1時間ごとにトイレに立っていました。多少周りの人に迷惑だったかもしれませんが、座りっぱなしで血流が悪くなると思考力も落ちる(ような気がする)ので、尿意がなくてもとりあえずトイレに行っていました。また、トイレに行くことで気持ちが少しリセットされるので、特に焦って何が何だか分からなくなってしまった人はとりあえずトイレに行って落ち着くのはお勧めです。素数を数えるのもいいかもしれません。

 

5、答案作成で気を付けていたこと

(1)問題文・記録読み

 問題文は5回ぐらいよんで線まで引きました。問題文を読み違えて書くべきところを落としてしまうと全然点数が付かない可能性があるからです。そのうえで、記録を読んでいきます。当然、答案構成を頭に描きながら読み進めていくのですが、二回試験の記録は「ほらほら、この事実ちゃんと使うんだよ?使えないってことは構成がちょっとおかしいんじゃないかい?もう一度考え直してごらん?」という声が聞こえるほど、親切な記録になっているように感じました。ですので、記録を読みながら「ああこの誘導に素直に従っておけば間違いないな」と思いつつ、重要な証拠と事実が記載されているところに付箋を貼っていきました。

(2)答案構成

 答案構成は短いものでお昼の12時ぐらい、長いもので14時くらいまでかけてやりました。構成はかなり細かいものを作り、何度も見直して問題文の要求と齟齬がないかを確認しました。また、訴訟物や公訴事実など、ド派手に間違えると即死するものについてはかなり丁寧に検討しました。ちなみに、検察起案で罪名がどうしてもわからないという場合は送致事実で書いておけばいいというしきたりがあります。

(3)起案

 いよいよ起案です。小問で明らかに書きやすいものがある場合はそちらを先に起案しました。答案用紙の入れ違いや差し込み忘れのリスクはありますが、そのリスクがあることを認識しておけば大丈夫だと判断しました。そしてメインの起案部分は初めの3ページを極めて丁寧に書くようにし、それ以降は時間を見ながら少し書き流すぐらいの気持ちで書きました。以前の記事にも書きましたが、ギリギリまで答案を作成し続けるというのは極めて危険な行為なので、できれば終了15分前、なんなら30分前には起案を終えるように心がけていました。なお、刑事弁護は早く終わりすぎて15時30分ぐらいに退室しました。

(4)形式チェック

 起案が終わると形式のチェックをします。表紙の受験番号と席順に誤りはないか、ページ数は記載されているか、綴りこみミスはないか、答案用紙の順番が前後していないか、といったところを確認します。ちなみに私は検察でページ数の記載ミスを見つけて少し焦りました(もっともページ数の記載ミスぐらいでは落ちないという噂はありました)。また、訴訟物等の記載で、原告・被告の記載入れ違いがないか、被疑者・被告人をAとした場合、最初に正しく「以下Aという」といった記載ができているかなどもチェックしました。私が一つ大きなミスとして発見したのは、民事弁護起案で主要事実の部分を訴外第三者のAとすべきところを、被告と記載していたというものです。冷汗が出ました。

 

6、その他

 以上のような感じで、それなりに神経質にテストを受けていました。要は、事故らないように普段より少し気を付けて行動すればいいということなんですが、加減が難しいのでついやりすぎになってしまいますね。おそらく、二回試験が行われるたびに、この記事が読まれることになると思いますが、他の人が書いた二回試験に関する記事などもさらっと読んで、主要なリスクを把握しておくのがいいんじゃないでしょうか。個人的には、下記の不合格体験記が痺れる内容でした。優秀でもテンパるとやばいという好例かもしれません。

ameblo.jp

 

 

 

法律文書作成の基本  Legal Reasoning and Legal Writing

法律文書作成の基本  Legal Reasoning and Legal Writing