法務の樹海

法務、キャリア、司法修習などについて書きます。

契約書のレビューというわりと退屈な仕事

契約書のレビュー、法務部員なら誰しもが最初から最後までやり続けることになるお仕事で、参考書籍もたくさん出ています。本日は、ふと「そういえば契約書のレビューってそんなに面白くないし、面白いのがあっても一部だよね」と思ったので、前提として、契約書のレビューをなぜやるのかということは明確にした上で、面白い/面白くない契約書とは、という話からいろいろと書いてみたいと思います。

※なお、法律関連のことならなんでもやりますという法律何でも屋的法務部門を想定しています。また、便宜上、契約書のレビューにはゼロドラフトも含むものとして以下書いていきます。

 

1、そもそも契約書のレビューって何でやるの

契約当事者間の権利義務関係を明確にすること、取引に内在しているリスクを適切にコントロールすることが目的だと思います。少し詳しく述べます。

 

(1)権利義務関係の明確化

契約書を見ていると、そもそもそれを読んだだけではどういった取引が行われるのかよくわからないものが相当数あります(これは法務機能が整っていない中小企業にありがちな現象かもしれません)。また、契約書上の取引内容は明確でも、それと取引の実態が結構違っていることもあります。そういった契約書を放置しておくと、紛争が起きたときに契約書の条項が紛争解決の基準として機能しなくなるので、レビューにおいてはまず、その契約書が対象としている取引から生じる権利義務関係を明確にしておく必要があります。

 

(2)リスクコントロール

次に、リスクコントロールについて。上記のように権利義務関係を明確にすることとリスクのコントロールをすることは等価ではありません。不必要に不利な形で明確化されるということは十分に有り得ます。そこで、権利義務関係が明確にされていることを前提として、リスクが適切に分配されているかを検討し、必要であれば修正を加えるという作業が必要になってきます。

 

ここで、契約書修正の目的は「リスクを最小化すること」「リスクを低減すること」であると言われることがありますが、これはおかしいです。リスクは最小化すればいいってものでも、低減しとけばいいってものでもありません。あくまでも、取引から得られる利益とのバランスで許容可能な範囲にリスクが収まっていること、それを前提として可能な限りこちらに有利な形でリスクの配分がなされることが目的です。

 

リスク分配の話については、法と経済学の契約分析みたいなものを読んでみると理解が深まるでしょう。なお、下記参考書籍の372頁以下、リスクのコントロールそのものではないですが契約締結という行為の経済学的分析が記載されているので、暇な人は一読してみてください。

 

法と経済学

法と経済学

 

 

2、面白い契約書レビューとは

では、以上を前提に「面白い契約書」とは、という話をします。個人的見解の結論としては、大規模で複雑な取引の契約、新規事業に関する契約は楽しいかな、という感じです。

 

(1)大規模複雑取引

大きくて複雑な取引は頭も体も使うのでとても楽しいです。

 

まず契約内容を整理するだけで非常に頭を使います。当事者に聞き取りを行い、必要であれば企画会議に参加するなどして取引の全貌を把握しながら、文言で落とし込むにはどうすれば良いのかギリギリ考えていきます。いろいろな人とのコミュニケーションが発生するし、高度な情報の整理統合能力が要求されるので非常に知的に面白い作業です。

 

また、取引規模がある程度大きいと、相手も取引条件について本気で交渉してきますし、往々にして法務はその交渉に巻き込まれます。相手との交渉のテーブルに法務もきてほしいという話になればこれはもうドキドキです。自社の担当者と入念に準備し、合意可能なラインについて相談した上で交渉に望みます。

 

苦労して整理して条件をギリギリ交渉した契約書が出来上がり、合意が成立した時の「やったった」感は半端ではありません。なお、取引でトラブルが生じて、それに対して適切な条項が付されていなかった場合は、法務は容赦なく叩かれます。これもある意味醍醐味の一つです。

 

そんなこんなで、大規模で複雑な取引の契約書レビューは楽しいです。

 

(2)新規事業に関する契約

大規模で複雑な取引と同じような理由で、新規事業に関する契約処理は結構面白いです。今まで自社ではやってこなかった事業に関する契約書を作成する際には、事業・取引内容の整理とリスク事象の洗い出し、分析が必要になってきます。社内の企画会議などに参加しながら、取引の構造を把握して文言に落とし込み、リスクを分析して文言を調整し、適切なリスク分配をしていくのは、(1)と同じく知的な興奮のある仕事です。

 

ただし、利用規約を作成する場合など、必ずしもカウンターパートがいる場合ばかりではないので、作成段階では交渉が発生しないことも多く、この点では(1)からは1歩ビハインドかなという印象です。

 

(3)面白くない契約書

では面白くないレビューにはどのようなものがあるでしょうか。せっかくなのでランキングを作ってみました。

  1. NDA
  2. 外注業者との業務委託契約
  3. 雛形を使用した取引基本契約

栄えある第一位に輝いたのは契約書の帝王NDA。全世界中でもっとも多く結ばれている契約なんじゃなかろうかと思うぐらい日々締結されている契約で、プラクティスが積み上がりすぎてほぼすべての条項に最適解があるというやばい契約類型です。新人法務担当者は、入社したらとりあえずNDAをレビューさせられるのが世の習いのようですが、一瞬でできるようになります。あまりにも定型すぎてつい最近、弁護士の修正精度を上回るAIが登場しましたね(※)。

mashable.com

 

第二位は外注業者との業務委託契約です。これもほぼ定型で驚くほど面白くありません。その割に小さい外注業者だと、意外と契約文言にこだわってきたりするので面倒くさいです。合意したところで充実感とかありません。これもAIにやって欲しい。

 

第三位は雛形を使った取引基本契約です。自社の雛形を作る過程は(2)で書いた通り結構面白いんですが、いかんせん雛形を作る段階で取引条件の整理とリスクの最適分配の解が出ているので、実際に締結する際に面白いことは特にありません。他社の雛形のレビューについては、他社は他社で上記のような状態なので、正直、ネゴっても落とし所が明確なことが多く、交渉も盛り上がりません。予定調和でつまらない、それが雛形契約です。

 

そして悲しいことに、上記の3カテゴリーがだいたい契約書レビューの8割超を占めます。

 

NDAは実は工夫の余地がある契約ではあるので、ギリギリ考えていくといろいろなアイデアが浮かんではくるのですが、イレギュラーな変形を加えると相手方も嫌がるので「とりあえずいつも通りノリで結ぶか」というのが現状だと思います。秘密保持契約の実務という本が出ているので新人担当者は読んでおいて論点全部把握して高速処理しましょう。なお、秘密保持契約のレビューについては別記事である程度詳しくかいておりますので、そちらもご覧ください。

 

秘密保持契約の実務―作成・交渉から平成27年改正不競法まで

秘密保持契約の実務―作成・交渉から平成27年改正不競法まで

 

NDA(秘密保持契約)の読み方・レビュー方法 - 法務の樹海

  

 

3、契約書レビューとキャリア

さて結局「契約書って大部分面白くないよね」という話なのですが、この「面白くなさ」からキャリアの話を少ししたいと思います。面白くないラインキングに記載したような契約書類型は、要するに落とし所がある程度わかっていて、必要な知識を身につければわりと誰でもできる仕事であるということなので、キャリア開発の観点からいうと「長く続けるべきではない仕事」という話になってきます(その割に毎日多数湧いて出てきて辟易するのですが・・・)。

 

ということで、さっさとスキルコンプリートして次のステップに進むのが「面白くない契約書のレビュー」という仕事のはずなんですが、意外ときちんとできない人が多いというのが率直な印象です。採用面接にきた2−3年の法務経験者に「契約書レビューできますか」「できます」「じゃあこの契約書ちょっと見て確認・修正すべき点を教えてください」というやり取りをすると、結構な人があさっての方向に走り出します。なので、面白くないからといってバカにはできない部分ではあります。そして、面白くない契約書のレビューを早く正確にできない人は、当然、難度の高い契約を処理することもできません。

 

そんなこんなで大部分面白くなくて時々楽しい、でもちゃんとやらないといけない契約書レビューというお仕事なのですが、スキルとしてきちんと育てていくと下記のようなクラスチェンジが可能なのではないかと思います。

  1. M&A担当
  2. コントラクトマネージャー

M&Aは要するに大きくて複雑な契約なので、こればっかりやる人になっていくというのは一つの進化のあり方ではないでしょうか。次に、コントラクトマネージャーというのは外資に特有の職種なのですが、契約の締結から執行に至るまで面倒を見てあげる人という感じになります。どちらもそれなりに高度な仕事なので契約書レビュアーの上位職種としてはありなのかなと思います。RPGでいえば剣士から聖騎士・魔法剣士になる感じです笑。

 

何れにしても、単に契約書の文言を確認して修正できるということにとどまらず、取引の全体把握、整理、交渉まできちんとこなせるようになるという意識を持つことが、面白くないものも含めて契約書をレビューするという仕事においては、キャリア開発の上でも大事なスタンスになってくるのかなと思います。

 

4、まとめ

ということで、契約書のレビューについて由無し事を書いてきましたが、なんだかんだ言っても、やっぱり面白くないことに時間は割きたくないなというのがまとめになります。ただ、さはさりとて、きちんとできないといけないことではあるのでこれから法務キャリアをスタートさせる人は頑張りましょう!という話でした。

 

また、今回は目的からそれるので書きませんでしたが、契約書をレビューする際の観点はリスク分配だけでなく結構多彩なので(会計処理との整合性・取締役会への付議の要否・インサイダー情報の該当性等々)、この点についてはまた暇なときに書きたいと思います。

 

なお、一応、契約書修正の参考書は下記に挙げておきますが、どれか一冊買ってしっかり読むということで十分だと思います。ではまた。

 

契約書作成の実務と書式 -- 企業実務家視点の雛形とその解説

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実践! ! 契約書審査の実務

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