法務の樹海

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贈収賄に関する司法取引についての一考察

ついに司法取引一発目が行われました。日経新聞は下記の通り、他紙と比べれば比較的詳細に報道しておりますので、これらの内容を参考にしつつ、司法取引のあり方について若干のコメントを加えます。結論から申し上げますと、処罰対象の妥当性の観点からも、企業統治の健全な発展という観点からも、本件のような運用は慎重であるべきだと考えています。

 

1、事実経過について

事実経過については、日経新聞が他紙と比較すれば詳細に報じています。要約すると下記のような経過になります。

贈賄、元取締役が承認か 司法取引のタイ事業疑惑 三菱日立パワー :日本経済新聞

  • 2015年2月頃、三菱日立パワーシステムズ(以下「MHPS」)が、受注していたタイの発電所建設に必要な資材をタイに持ち込もうとしたところ、タイの港の桟橋の利用手続きに不備があり資材を運び込めない事態が発生した。
  • 納期が迫る中、現地従業員は港湾当局と折衝したが、港湾当局から金銭の支払いを要求され、当時MHPS常務執行役員エンジニアリング本部長だった元取締役の承認の元、数千万円を港湾当局に対して支払った。
  • その後、内部告発によりMHPS社内で問題が発覚し、MHPS東京地検特捜部に自主的に報告を行った。

「元取締役が」承認した、と報じられており、取締役の承認があったかのような表現になっていますが、承認者の当時の肩書きは常務執行役員エンジニアリング本部長であると考えられるため、これは誤解を与える表現なのではないかと思います。

 

 

2、海外贈収賄防止の内容

次に、海外贈収賄防止について、基本的な事項をおさらいしたいと思います。不正競争防止法は、下記のように定めて海外の公務員との間における贈収賄を禁止しています。

何人も、外国公務員等に対し、国際的な商取引に関して営業上の不正の利益を得るために、その外国公務員等に、その職務に関する行為をさせ若しくはさせないこと、又はその地位を利用して他の外国公務員等にその職務に関する行為をさせ若しくはさせないようにあっせんをさせることを目的として、金銭その他の利益を供与し、又はその申込み若しくは約束をしてはならない。 

さらに、この規定に違反した場合、行為者本人だけでなく、その者が所属する法人も合わせて処罰されるいわゆる両罰規定が不正競争防止法22条に定められています。

 

なお、両罰規定が存在する場合の法人の処罰について、最高裁は、法人の行為者たる従業者等の選任・ 監督その他違反行為を防止するために必要な注意を尽くさなかった過失の存在を推定し、その注意を尽くしたことの証明がないかぎり事業主も刑事責任を免れないことを判示しています(最判昭和40年3月26日)。

 

本件に引き直せば、港湾当局という外国の官公庁に対して、桟橋の利用させるという利益を得るために、数千万円を支払った従業員(行為者)と、その従業員が所属する法人(MHPS)は、実際に従業員がそのようなことが行っていたとすれば、いずれも処罰の対象となり、法人に関しては上記のような無過失を証明しない限り免責されることはないということを意味します。

 

3、司法取引の概要

詳しくは刑事訴訟法350条の2以下を熟読していただきたいと思いますが、要約すれば、ある事件の被疑者・被告人が、当該事件の共犯者又は他人の事件について、真相解明に資する供述・証拠の提出をすることを約し、検察官がその見返りとして不起訴・特定訴因での起訴・特定の求刑を行うことを約するという訴訟法条の取引を行うという内容です。

 

4、今回の司法取引の問題点

さて、以上を前提として、今回行われた司法取引の問題点を概観したいと思います。本件においては、詳細は不明ですが、法人側が検察側に捜査協力を行うことを約し、検察側が法人を不起訴とすることを約したという司法取引が行われているようです。

司法取引一般に関する問題点は、学者や刑訴法の専門家の方に任せるとして、一実務家として考えた問題点は下記の2点です。

  • 今回のケースで一時的な責任を負うべきなのは企業である可能性が高く、司法取引は不当なのではないか
  • 今回の司法取引は今後の企業の内部統制構築を困難にするのではないか

以下それぞれ詳述します。

 

①今回のケースは会社が責任を負わなくて良いようなケースなのか

海外において贈収賄が行われないようにする体制を構築する義務は、会社法上の内部統制構築義務の一つとして、会社側に課されている義務です。従って、いざ贈収賄が行われた場合にまず問われるのは、会社側が贈収賄を防止するために必要な体制を構築していたかという点であり、それが否定されれば会社側は贈収賄の発生については責任を免れ得ないというのがスタンダードな考え方といって良いのではないかと思います。すなわち、贈収賄において一次的にその責任を追及されるべきなのは会社であってその従業員ではありません。

 

上記のような内部統制構築義務が民事法上、会社に課される背景には「贈収賄により利益を得るのは会社であり、そのような動機がある以上これを統制するのは会社の義務である」という価値判断があり、刑事裁判における量刑判断の場面においても、犯罪による利益を享受する度合いが量刑判断の重要な要素とされていることからすれば、会社が利益を得る類型の贈収賄については会社が第一次的な責任を負うべきであるという考え方は、刑事責任追及の場面においても妥当すると私は考えています。

 

(もっとも、両罰規定の伝統的な理解からは、まず個人、しかるのち法人というのがスタンダードです。)

 

翻って本件についてみると、現時点で出ている情報のみからいえば、①贈賄の結果得られた利益が桟橋の利用という専ら会社にとっての利益であること、②執行役員の承認があったとしても数千万円という金額を賄賂として支払うことができる内部管理体制に問題がなかったとは考えにくいこと、という2点から、賄賂を実際に支払ったのは従業員であったとしても、その動機と機会を与えたのは会社であり、それはすなわち会社の内部管理体制に問題があったことに他ならず、今回のケースは会社が一次的責任を負うべきケースなのではないかと私は考えています。

 

検察が会社側の内部管理体制についてどのような調査を行い、どう判断したのかは不明ですが、今回のケースで、いかに有益な証拠を得るためとはいえ、不起訴まで約束したことの妥当性について、私は現段階では疑問を感じずにはいられません。

 

②内部統制構築への影響

今回のような司法取引が行われる可能性があることを前提とすると、従業員が社内通報窓口等を通じて自主的に贈収賄が行われたことを報告することを期待できなくなり、贈収賄のリスク統制がかえって困難になる恐れがあります。

つまり、会社の言う通りに報告を行ったら会社が捜査機関に報告内容を提供し「従業員は処罰してもいいが法人は勘弁してくれ」という行動を起こす可能性が高い以上、従業員としては報告を行わず逆に捜査機関に対して情報を提供して自らの処罰を軽くする動機が発生すると考えられます。そうすると、企業としては贈収賄の状況を把握することが困難となり、そのリスクをコントロールするための対策を講じ、内部統制を整備するハードルが上がるのではないかと思います。

 

そもそも贈収賄は東南アジアにおいては日常的に発生する問題であり、現場の担当者が「違法なのはわかっているが支払わなければ埒があかない」という意識を持っているケースは極めて多いと思われます。そのような中で「会社はいざとなったら従業員を捜査機関に売り渡して責任逃れをします」というメッセージにも見える司法取引が行われて、果たして現場の従業員は贈収賄防止体制の構築に協力してくれるのでしょうか。今回の取引は内部統制構築という文脈から見たときに、非常に大きな負の影響を与えるのではないかと危惧しています。

 

 

5、終わりに

以上の通り、今回のケースで会社を処罰のスコープから外したことそれ自体の妥当性への疑義と、それが会社の内部統制構築にもたらすインパクトについて雑ながらまとめてみました。

 

また、蛇足にはなりますが、MHPSは「情報を渡すから法人の処罰を勘弁してくれ」ではなく「情報を渡すから従業員の処罰は軽くしてやってくれ」ぐらいの度量を見せて欲しかったと思います。今回の司法取引で、会社のために違法行為とは言えリスクを負って行動した従業員をあっさり切り捨てて責任を逃れようとするような会社であるとのメッセージを世に放ってしまった形になりますが、そのようなイメージを払拭するに足りるだけの説明が果たして可能なのか、今後の展開が非常に気になります。

 

まだまだ書くことはいくらでもありますが、疲れてきたので一旦ここで筆をおくことにします。今後も新たな情報が出次第、適宜コメントしていきたいと思います。