法務の樹海

法務、キャリア、司法修習などについて書きます。

司法修習備忘録②私の二回試験対策

前回、二回試験対策の記事を書きましたが、書きながら「確かに最小限のインプットとしてはこんな感じだが、実際司法修習中にやった具体的な二回試験対策の話がないと分かりにくいな」と思ったので、今回は私が実際に取り組んだ二回試験対策について書いていきたいと思います。99%受かるのでそこまで真剣にやる必要性があるかというと疑問ですが…

 

 

1、導入修習

特に何もしていませんが、講義は居眠りせず真面目に聞いていました。ノートはとっていません。この段階で起案講評のノートとっておけばもっと楽だった。

 

2、実務修習

 記録を隅から隅までしっかり読むこと、起案の機会があれば積極的に起案し、講評をもらうことは意識していました。

(1)記録読みについて

 修習生として当たり前といえば当たり前ですが記録はちゃんと読みました。二回試験・導入起案・集合収集起案、すべてに共通するのは、記録を読んで、問題文が求めていることを書くということです。そして、体感ですが、記録をしっかり読めれば、脳を使う作業は7割がた終わりといっていいと思います。要するに「記録を読む」というスキルのレベルを上げれば答案作成は楽になります。

 実務修習ではとんでもなく分厚く、さらに、そこまで整理され切っていない記録を山ほど読まされます。私は「色んな事件の記録をつまみ食いするより一つの事件の記録を色々な角度からじっくり読んだ方が記録を読む力が付きやすそう」と考えて、あまり多くの事件記録には手を出さず、起案の対象となった記録をかなりじっくり読みました。特に、証拠の中でもわかりにくいもの・読みにくいもの(数値データやカルテ・診断書)は理解できるまで重点的に読みました。

 上記のような意識で記録を読んでおいたことで、二回試験レベルの記録読みは全く苦痛ではなくなりました。

(2)起案

 特に裁判修習では起案が修習のメインになるので、結構本気でやりました。難しい課題をもらい、上記の通りじっくり考え、考え切ったところで起案をし、裁判官に酷評されるということを繰り返しました。これにより、自分の思考のゆがみをある程度客観的に把握することができるようになり、二回試験でド派手な失敗をするリスクをできたのではないかと思います。

 また、弁護修習では、民事弁護はそれほどでしたが、刑事弁護はいわゆる刑事弁護のフルコースの起案をやりました(認めの事件でそれほど複雑なものではありませんでしたが)。刑事弁護は、各手続きの書面を一度起案しておくと、条文と検討すべき事実がガツンと頭に入るので、できれば一通りはやっておきたいところです。

(3)反省

 実務修習中の起案は研修所の起案とは少し趣が異なるので、集合修習に入る前に、導入修習起案と即日起案の見直しをしておけば、集合修習起案をより実りのあるものにできたのではないかと思います。

 

3、集合修習

 各科目、起案とその講評をしっかり聞く以外のことはやっていません。各科目1回ずつの起案があるのですが、どれもヘビーでそれほど色々やる余裕もないし、何より集合修習中は同期の司法修習生と一緒に時間を過ごすことに最大のプライオリティを置いていたので、自学自習は少しおろそかにしていました。今となってはせめて2回目の起案をする前に、1回目の起案をもう一度やってみるぐらいのことはやった方がよかったかなと思います。なお、集合修習中盤から、二回試験に向けて何をやっておくべきかを考え始めていました。

 

4、選択修習

 起案と全く関係ない上にハードな事務所のプログラムを受講したこともあり、2週間は何もしていません。残りの期間は1週間は地元弁護士会のプログラムに参加していたので、実質ホームグラウンドでしっかり勉強したのは2.5週ぐらいです(A班の選択修習におけるホームグラウンド修習は二回試験の自習期間のようになっており、司法研修所はそのことについて快く思っていないことは付記しておきます)。この頃には下記のようなことをやりました。

  • ジレカン・類型別・新問研を2回ずつぐらい読む:教官に読めといわれたため
  • 要件事実30講の問題をすべて解く:上記はシンプルすぎるので、一応解説が分厚い要件事実30講は回しておくことにした。
  • 民事保全・民事執行の白表紙を通しで読んだ:不安だったので。
  • 事例研究 刑事法1の問題を全部解く:諸事情で刑法の構成要件がまともに思い出せない状況だったので、司法試験対策の時に使った問題集をもう一度解いて記憶喚起を図った。
  • プラ刑・プロ刑・刑事事実認定の起訴を2回ずつくらい読む:教官に読めと言われたため。

 上記をやる中で、集合修習起案でミスったところなどを思い出し「ああ、こう書いておけばもっといい評価が取れたのに…」とか思っていました。これは自分が見落としていた点を認識するという意味で、二回試験のリスク低減に大きく寄与したのではないかと思います。 

5、二回試験直前

 導入修習・集合修習の起案の見直し、再構成(記録はすでに回収されているのに一体どうやって再構成したんだ、などという疑問を持つ方は、近くの修習生に聞いてみて下さい)を全科目合計15通やりました。基本的には答案構成までで、不安が残るものだけは一部起案もやっています。これを一通りやったことで「ほぼ確実に二回試験に必要な知識と考え方は身についた」と実感しました。

6、まとめ

 振り返ってみるとなんだかんだで真面目に二回試験対策をしていることがわかりますね笑。私自身は上記をやったことで「まず間違いなく受かる」と確信したので、比較的安心して二回試験に臨むことはできました。今更ですが、客観的に見ても、大体これぐらいのことをやっておけば、二回試験で万に一つも逸脱行動をしないレベルには達するんじゃないかと思います。いずれにしても、二回試験は、導入~集合で自分がミスったところをきちんと修正して、同じタイプのミスをしないようにしていけば自ずと逸脱行動は起こさない仕様になっているので、司法修習生として最低限のことをやるというのがやはり一番の二回対策になるんじゃないでしょうか。

 

 

要件事実論30講 <第4版>

要件事実論30講 <第4版>

 

 

二回試験対策とNG行動

本日二回試験の合格発表でしたが、合格していました。99%合格する試験なのですが、やはり合格していると嬉しいものです。今年度の不合格者の人数は16人ということで、司法研修所ももはや不合格者は極めて例外的な場合にしか出さないという方針に転換したことが、去年の結果を見ても明らかになったのではないかと思います。さて、早速調子に乗って、二回試験で事故らないために、最低限何をすればいいのか、書いていきたいと思います。

 

 

1、交通・体調

合格率に鑑みるに、不合格というのはもはや事故・天災に遭ったと考えるべきなのではないかと思います。それを前提とすると、普通の司法修習生にとって最も気をつけるべきなのは下記の二点なのではないかと思います。

  • 交通トラブルで会場に時間通りに到着できない
  • 体調を崩して試験が受けられない

解決方法は明確で、①前者については会場の近くにホテルを借りること、②後者については少なくとも試験2週間前はハードな日程で旅行に行ったり飲み会で深酒をしたりといった逸脱行動を避けて、寝たいだけ眠り、適度に運動する、という二点だと思われます。起案や講義に普通に取り組んでいる司法修習生が気にすることは以上です。どうしても不安な人だけ、以下の各科目についての説明を読んでください。

 

2、刑弁

「刑事弁護講義ノート」という薄い冊子が配られるのですが、嘗め回すように読んでください。そこに刑事弁護起案のすべてが書かれています。なお、即死になるのは下記です。

  • 無罪弁論の起案で情状を書く
  • 無罪弁論の起案で有罪弁論を書く
  • 有罪弁論(認定落ち)の起案で無罪弁論を書く
  • 争点を無視する

以上のような逸脱行動を防ぐためには、被疑者の言い分は最低3回読みましょう。被疑者が言っている結論(「俺はやってない」「殴ったけど正当防衛」「財物奪取の意思はなかった」)と矛盾している結論で起案したら死にます。

 

3、刑裁

「刑事事実認定ガイド」「プラ刑」「プロ刑」は穴が開くほど読んでおくべきです。特に刑事実認定ガイドの後半、考え方がまとめてある部分は覚えるほど読んでおきましょう。安心感につながります。即死になるのは下記です。

  • 争点整理の結果を無視する
  • 要証事実又は重要な間接事実について、直接証拠となる供述の信用性を一切検討しない
  • 推認力の検討に際して反対仮説を一切考慮しない

「普通に司法研修所の教育受けてそんなことするわけねーだろ」って思いました?いや、まあそうなんですけど…。なお、私の聞いたところによると、過去「被告人供述は信用できないから被告人は有罪」という痺れる起案をした人も落ちたということです。

 

4、検察

「検察 終局処分起案の考え方」は記載例のところを暗記するぐらい読んでください。特に共犯の書き方は、なぜか油断して適当にしか読んでいない人がまあまあいますが(そんな人でも合格するんですが…)、安心のためには読んでおくべきです。即死演技は下記です。

  • 「終局処分起案の考え方」の形式と異なる形式で起案する
  • 犯人性の検討しか求められていない事案で犯罪の成否だけ検討するなど、問題文が求めていることを全く理解していない
  • ごくごく基本的な構成要件のあてはめで間違う(どう見ても放火なのに器物損壊で起案するというレベルの間違い)

上の二点は冷静ならミスしませんが、一番下のやつはちょっと不安ですよね。実務修習中、扱う事件について逐一基本書を読んで書かれている構成要件を確認すれば、こういったミスは防げると思います。

 

とはいえ、保険をかけるという意味で各論の教科書はざっと読んでおきましょう。刑弁・刑裁の対策にもなるので、おすすめです。安心感を得るという意味では、修習中にあまり出会わない罪(横領・背任・贈収賄・文書偽造)あたりを読んでおくと「こんなマニアックな奴が出ても最低限のことはできる」と自信を持つことができます。

 

私は愛用していた井田良の薄い方の刑法各論の教科書を最後に3回ほど読み直しました。構成要件と解釈がコンパクトにまとまっていて記載も平易なので読みやすいんですよね。まあ司法試験を受験したときに使っていた教科書かまとめノートを見返しておけばいいと思います。

刑法各論 <第3版> (新・論点講義シリーズ)

刑法各論 <第3版> (新・論点講義シリーズ)

 

5、民弁

「新問題研究要件事実」「事例で考える民事事実認定」「紛争類型別の要件事実」は民裁で読めと言われるやつですが、必ず読んで記憶しておきましょう。また、「民事弁護の手引き」に掲載されている訴状・答弁書準備書面・最終準備書面の記載例は読んでおきましょう。いずれも修習中に何度か起案することになるのでそこまで神経質になる必要はありませんが、書面の形式の認識があいまいだと不安を感じませんか?

※民事執行・民事保全は手薄になりがちですが、民弁講義の際にレジュメが配られるのでそれを読んでおけば小問対策としては十分です。でも、実務に出てから困るのでさすがにちゃんと勉強しといたほうがいいんじゃないですかね?笑

 

即死起案は下記です。

  • 訴訟物をド派手に間違う(主要事実が全部ひっくり返って記録に現れた証拠が殆ど使えなくなるくらいのミス)
  • 原告・被告の取り違え
  • 重要な書証(特に直接証拠たる類型的信用文書)に一切言及しない

なお下記の類型別は白表紙には入っていません。一応参考までにamazonのリンクを張っておきますが、研修所内の本屋で買った方が割引がついて安いです。

紛争類型別の要件事実―民事訴訟における攻撃防御の構造

紛争類型別の要件事実―民事訴訟における攻撃防御の構造

 

 

6、民裁

民弁で上げた三つを読んでおきましょう。特に「事例で考える民事事実認定」は民裁のバイブルと言っていいものなので、よく読んでおきましょう。即死起案は民弁と似ていますが下記の通りです。

  • 訴訟物をド派手に間違える
  • 判断枠組みを一切記載せず、かつ意識もしていないような起案をかます(事例で考える民事事実認定には、4種類の判断枠組みが記載されています。争点となっている主要事実の認定について、それがどの判断枠組みに従って認定すべきものなのかを一切示さずに起案するのはかなり危険球のようです)
  • 争点を全部外す(訴訟物をド派手に間違えると外します)
  • 文書の成立の真正に争いがある事案で「第三者による印章の仕様の可能性があるから」といってあっさり成立の真正を否定し、間接事実(書面が作成されるに至った経緯や書面作成後の当事者の言動に係るもの)を一切検討しない。

訴訟物の書き方は記憶があいまいだと本番で「あれ、これでよかったのかな…?」って不安になるので、完全に記憶しておくと安心です。

 

7、試験中の注意

次に、試験中にやらかすと事故る確率が上がる行為を記載します。

(1)時間ギリギリまで起案し続ける

時間ギリギリまで起案し続けると、起案用紙の順番が前後していないかなどといった形式的な重要ポイントをチェックする時間がなくなります。例えば、綴りこまれていた用紙の順序が無茶苦茶だったらさすがに落ちると思いませんか?ということで、かならず10分前には無理やりでも起案を完了し、形式面のチェックを行う時間に当てましょう。

 

(2)何度も差し替えを行う

何度も答案用紙の差し替えを行うと、用紙の順序の前後が起こるリスクが高まります。差し替えは極力避けて、使えるところは使うか、空欄に書くかした方がいいです。尤も、チェックの時間をきちんととることができるのであればそこまで神経質になる必要はありません。ただ、そもそも何度も答案用紙の差し替えを行っている時点でかなり精神的に危うい状態なので、すこし深呼吸をして落ち着いたほうがいいと思います。

 

(3)常備薬を忘れる

これは最初に述べた点と重なりますが、緊張でおなかを下してしまいがちな人であれば下痢止めを用意したり、アレルギーがある人は抗ヒスタミン薬を用意したりといったことを忘れないようにしましょう。体調不良は思考にノイズを発生させる主要な要因となりえます。

 

8、まとめ

二回試験で注意すべき点・やっておいた方がいいことはだいたい以上の通りとなります。普通の人ならそれぐらいやるでしょということばかりだと思われたと思いますが、その通りです。要するに、講義を一切聞かず、起案のルールを一切守らない人か、体調不良・交通トラブルでそもそも受験できなかった人が落ちる試験だと思えばいいと思います…

 

いやあ、しかし、99%合格の試験、逆にプレッシャーがすごいですね。これから受験する皆様、頑張ってください笑

 

社内規定整備に関する覚書

今回は社内規程の整備について書きます。「とりあえず守らせたいルールかいときゃいいんだろ」的なノリで社内規程の改定作業をしているそこのあなた!ミニマムはその通りです。でもルールがきちんとワークしないと悲しくないですか?ということで実効的な社内規程を整備するにはどういうプロセスを経ればいいのか、具体的な例を挙げながら書いていきたいと思います。なお、ざっくりとは法務部門が草案を作成して会議体承認を得るというプロセスを想定しています。

 

 

1、社内規定整備の動機・目的

(1)動機の強さが推進力

 「社内規程を整備せよ」と誰かから指示された場合、当然、指示した「誰か」には支持する動機があります。そして、その動機が説得的であればあるほど、これから述べるすべてのプロセスを迅速に進めることができ、かつ、実効性のある規程を作成することが可能になります。逆に動機がふわっとしている、例えば「●●庁に作れって言われたしとりあえず作っとく」「社長がちらっと言ってた」「他の会社はみんなやってる」などといった動機しかない場合、その規程整備プロジェクトは95%失敗します。5%成功する確率が残っているのは、ダラダラ整備を進めている内に当該規程に関係する大きな事件が起こったり、社長がなぜかやる気を出したりして、整備が勢いづくことがあるからです。

(2)指示の出どころ

 課長とか部長レベルだと、推進力が弱いことがあります。一番進めやすいのは、優秀な役員が明確に必要性を認識した上で指示してきている場合です。ただ、役員がある特定の社内規程整備の必要性を明確に言語化していることはそれほど多くありません。なぜなら、役員は「おそらく必要になりそうだから必要性の調査もかねて指示しておくか」という段階で指示を出してくることが多いためです。明確に言語化できる段階では対応が手遅れなことも多いですからね。ともかく「指示の出どころは役員がいい。優秀な役員ならなお良し。部長・課長なら眉に唾をつけよ」という感じです。

(3)地雷プロジェクトは徹底的に押し返せ

 指示を受けた瞬間に「地雷じゃね?」と思うプロジェクトは、社内規程の整備に限らず結構あります。もし何か嫌な予感がしたら、誰の指示なのか、なぜやるのかを根掘り葉掘り聞いてください。もしその段階である程度説得的な理由や、それなりの役職の人の名前が出てこない場合、まずはそこを明確にした上でないと進めるのは極めて困難だということを伝えないと、後々えらいことになります。それでもやれと言われたら、「どうなっても知らねーからな!!!」と大人語で言った上で、やむを得ず仕事を進めましょう。

(4)担当者がボトムアップで企画することは極めて困難

 ちなみに、ヒラの担当者がボトムアップで社内規程の整備を提案するのは極めて困難です。ほんの一部にしか適用されない規程だとか、規程の中のちょっとした文言の修正であればまだしも、会社全体に影響を与えるような規程の整備になると、なぜやるのか、どうやるのかということを相当丁寧に上長に説明し、さらに上長を通じて、または自分で役員にそれを説明し、役員に「そりゃ絶対やらないとだめだね」と認識させないといけません。ここまでできる人は将来的にかなり出世しそうですが、一般的には上長のところでとまるか、上長から「ああ、まあやってみたら」ぐらいのテンションで指示されて路頭に迷うのがオチです。十分に実力がついて社内の状況を把握した時点ではじめて「そろそろチャレンジするか…」というレベル感の仕事です。

2、下調べ

(1)立法事実の調査

 「なんでやるの」という部分の明確化です。規程整備の目的はある程度上長なんかから伝えられているはずなので、それをさらに掘り下げて検討します。最も重要なのは、その規程を整備することによって、経営上の重要な数字(売上、利益、KPI)に対して何らかのインパクトがあるのかという部分です。規程整備とこれらの数字へのインパクトの因果関係を言語化できる程度の事実を収集できれば、この段階はクリアーです。

 例えば「セクハラ防止規程を整備せよ」と言われた場合、過去セクハラによって会社にどのような損失が生じたのか、又将来的に生じうるのか(例えば加害者と被害者が会社を辞めたことによって穴埋め採用のためのコストが発生した)ということを調査し、セクハラを防止する規程を整備してそれがきちんとワークすれば会社にどの程度の利益をもたらすのか、ということを明らかにする必要があります。

(2)必要性の検討

 次に、立法事実(「セクハラを防止することは会社にとってメリットがある」)が明らかになったとして、社内規程を整備する必要があるのかということを検討します。例えば、セクハラに関して言えば「セクハラをするリスクが少しでもあるやつを全員クビにした上で、セクハラリスクがゼロの奴を雇う」ということが容易に実現可能なのであれば、細かな規程を整備する必要はないかもしれません。尤も、セクハラ防止のための措置については厚労省からもお達しがあるため、それが実現可能であったとしても整備の必要性はなお残存するといえます(資料下記)。こういった調査をするのが、必要性検討の段階ということになります。

www.mhlw.go.jp

(3)相当性の検討

 「どうやら規程整備は必要っぽいな」といいうる場合に、どこまでギリギリ規程で縛り上げるのが適切かをザックリと検討します。縛りすぎると社員の自由闊達な職務執行を阻害することになるかもしれないし、緩すぎると規程の意味がなくなるかもしれない。そんなことを考えながら、ザックリとした方向性を考えます。この段階まで来た時点で、ある程度草案が頭に思い浮かんでいるといいのかなと思います。

(4)草案作成

 さて、規定整備の必要性もある、相当性のラインもなんとなく想像した、ということであれば、草案を作成してみます。社内規程は80%程度はどこの会社でも同じようなものがあるので、ひな形か何か参考になるものを見ながらチクチク作成していきます。ひな形にはおかしなことが書いてあることも多いので、間違ってもひな形をそのまま草案にするということはしてはいけません。一つ一つ丁寧に読んで、内容の合理性をある程度精査して修正し、この段階で想定できる社内の事情も織り込んでいきます。草案ができたら一度上長に見せてみるのもいいでしょう。

 できればこの段階で、規程作成の大きな障害になる事由(ボトルネック)を想定しておきたいところです。

(5)利害関係者の洗い出し

 さて、草案が書けた時点で利害関係者を洗い出していきます。要するに規程が適用されることによって影響を受ける人たちがだれなのかを特定する作業になります。例えば情報セキュリティ規程ならIT技術部門が利害関係を持つことになります。また、購買・調達規程であれば総務部や調達部門が利害関係を持つことになります。ここで利害関係を持つ部門のトップが、次のステップからの交渉の相手になります。なお、利害関係者を洗い出すのに失敗すると、会議体に草案を上程したときに、交渉しなかった利害関係者に刺されて規程案が差し戻しになります。これがJapanese根回しというやつです。

(6)趣旨説明・ヒアリング準備

 利害関係者を特定することができたら、その利害関係者に対して規程策定の趣旨を説明する準備をします。基本的には上記で述べた立法事実や必要性・相当性を説明していくことになるので、趣旨説明用資料の作成自体は、前のプロセスをきちんとやっておけばそれほど大変ではありません。ヒアリング準備は、規程が適用されることによって何らかの制約を受ける部門のトップに対して、その制約を受容することができか、また受容できないのであればその理由は何か、といった質問事項を作成していく作業です。ここでできるだけ丁寧に質問事項と想定問答を作っておくことで手戻りが少なくなり、プロジェクト全体の足を早くすることができます。

3、上長・経営層への規程整備計画の提案

 さて、ここまでできた段階で、規程の整備を指示してきた人たちに、草案と進め方のお伺いを立てに行きます。要するにプランの承認をもらいに行きます。ここでは、草案の文言、利害関係者の選択、スケジュール感、想定しているボトルネックの認識に間違いないかということを上長や役員に確認します。ここで上長や役員から出た意見は必ず議事録に記載し、その上長・役員と共有しないといけません。「俺指摘したのに●●君やってないからさぁ~」とか言われてハシゴを外されことはよくありますからね!

4、利害関係者への趣旨説明を兼ねたヒアリング

 なんだかんだで上長・役員からプランの承認をもらったら、いよいよヒアリングです。ここは規程策定最大の山場といっていいでしょう。趣旨を説明して規程整備の総論部分について納得してもらったうえで、利害関係者が制約を受ける部分について細かくヒアリングをかけます。ここで指摘が出たのであれば、その指摘を解決するために必要な文言の修正をする必要があります。また、規程に対応するためにコストが発生するのであれば、そのコストがどの程度になるかを聞き取っておく必要があります。さらに、規程に対応するために業務フローの変更が必要になる場合には、その業務に関わる人たちからもヒアリングする必要があるかもしれません。とにかく、この作業は非常にヘヴィーで、規程策定の中では極めて難易度が高いものになります。

5、運用上のボトルネック特定と解決案の検討

 さて、ヒアリングの結果、規程を運用するうえでのボトルネックが見えてきました。これについて解決案やさらに対応計画を検討する必要があります。少々の修正で終わるようであれば、修正した上で指摘を入れた部門のトップに問題の有無を確認するくらいで済みます。しかし、業務フローの変更などが必要になってくるとややこしいことになります。業務フローの大手術が必要になるような場合は、上長同士をやり合わせた方がスムーズに話しが進むかもしれません。

6、承認資料作成・上長への説明

 さて、社内的な調整は完了しました。次に準備すべきなのは、会議体(経営会議・取締役会など)での説明資料作成です。いままでやってきた目的・必要性・相当性・ボトルネックの解消方法などを簡潔にまとめ、突っ込みが入りそうなところについて追加調査をし、想定問答を作成します。そもそも利害関係部門との調整はすべて完了している前提なので、会議体で異議が上がる可能性はそれほど高くないのですが、全く関係ないと思っていた部門から野次馬的な質問が飛んできて、実はそれが重要なポイントだったりすることがあるので、準備しすぎということはありません。

 もちろん完成した資料は上長にチェックしてもらいます。上長はだいたい社歴が長い人なので、どういう人がどういう突っ込みを入れてくるか、ある程度想像できることが多いです。資料の完成度が高いと、資料作成者本人が会議体で説明させられることもありますが、たいていは法務部門か管理部門の責任者が議案を上程することになります。背景や交渉経緯も含めてみっちりと「ご説明」差し上げ、場合によっては同席を申し出ましょう。

7、会議体説明・承認

 やっとここまでこぎつけました。会議体で規程案を説明し、承認をもらいます。準備した資料と想定問答を武器に、承認のお伺いをたてます。もちろんその場で答えられない質問をしてくる人もいますが、よほどクリティカルなものではない限り、とりあえず推測で答えておいて「後ほど調査の上回答する」といっておけば大体なんとかなります。また、ある事項について確認ができない限り承認はできないという雰囲気になったら、その事項を確認するとの条件付きで承認を得ることも検討しましょう。場合によっては確認後、情報をメールで回付して書面で再度承認ということも考えられます。とにかく、粘れるギリギリまで粘って、無理と思ったらさっと引く、これがコツです。

8、従業員周知

 はい、会議体からの承認を得ることができました。次は従業員周知です。知らないところで規程が決まっていても誰もルールを守ってくれません。ある程度適用範囲が狭い規程であれば、利害関係者への調整を通じて規程の内容を把握してもらえている可能性がありますが、さりとて周知をおろそかにすることはできません。周知には色々な方法があります。①全社員が見ることができる掲示板を掲示して、全体メールで確認を促す、②各部門の定期ミーティングで情報共有をしてもらい、何なら自分で説明に行く、③説明動画を作ってばらまく、等々、会社の実情に合わせた無数の方法があるので、それをうまく組み合わせて周知を図ります。

9、運用状況確認

 さて、業務フローの変更が必要な社内規程を整備する場合、きちんと業務フローが変更されているか確認する必要があります。また、整備後しばらくして業務フローが完了しても、その後定期的に運用がなされているか確認する必要がある場合もあります。定期チェックはできれば関係部門にセルフチェックしてもらうか監査部門にぶん投げたいところですね。作った後に法務としてどこまで面倒を見る必要があるのか、難しいところではあります。運用状況を確認した結果、規程の立て付けがどうにもおかしいことが判明した場合は、修正案を再度上程するという面倒な作業があります。

10、見直し

 上記のように運用状況を確認したところ、実態に合っていない条項があったり、あるいは、法令などの変更で内容が不適切なものになってしまった条項があったとします。この場合は、規程を見直して修正をする必要があります。修正をする個別の条項について、今まで述べた作業を再度行うことになります。運用確認と規程の見直しは半永久的にやらなければならないので、当初草案で、できるだけその手間を省けるような条文にしておくのが良いでしょう。

11、応用:便利な小技

 最後に、規程整備に当たって使える便利な小技を紹介していきたいと思います。

  • いきなり会議体:小技というわけではないですが場合によってはこれもありです。承認を得られない前提で、とりあえず会議体にかけて叩き、ボトルネックを特定する方法です。関係者が多い場合はこちらの方が効率的です。
  • 業務手順改定で済ませる:大元の規程はいじらずに業務手順の改定だけで済ませてしまうパターンです。大した内容ではないのに規程を改定したいといわれた場合に検討すべき手段です。
  • 条件付き承認:上記にも出てきましたが、一定の条件を付して承認を取りに行くという方法です。あまりにもヘビーな条件をつけると事実上再承認と変わらないことになってくるので、バランス感覚が重要です。
  • 見直し期間設定:承認をもらう際に、数か月後に運用状況確認と実態を踏まえた上での修正案提示をあらかじめ告知しておきます。運用後の不確定要素が多い場合などには有用です。
  • 托卵:規程の草案自体は作成するものの、規程の所管は別部門にしてしまう方法です。利害関係調整の過程であれよあれよという間に別部署にイニシアティブを握らせてしまいます。会議体での承認の際には、当該部門の責任者も立ち会わせて当事者意識を刷り込みます。恨みを買うことがあります。
  • 外圧:無意味な規程を整備させられそうになった場合、最も反対しそうな部署の責任者とグルになって規程整備をストップさせたり廃案に追い込む作戦です。劇薬です。
  • 牛歩:緊急性が低い規程の場合、そのプロジェクトの存在をみんなが忘れるほどゆっくり進める作戦です。急に役員や関係者の誰かが思い出して突っ込まれるリスクのある危険な方法です。

12、まとめ

 以上、これをしっかりやっとけば「最低限」実効的な規程を作ることができるのではないかと私が考える規程整備のプロセスになります。規程整備にはこれ以外にもいろいろなパターンがあります。例えば、他部門とチームを組んで取り組んだり、また、他部門が中心となっているプロジェクトにサブとして参加したりすることもあります。なので、上記のプロセスが唯一であるというわけでは決してありませんが「きちんと調査をして利害関係者を説得する」というのが本質的に重要な作業であることには変わりはないと思います。規程整備は地味ですがプロジェクト管理能力・交渉力を問われる高度な仕事ですので、油断せず取り組んでいきましょう。では今日はこのあたりで。

 

 

 

 

 

 

法務の役割と楽しさ

またもや友人から「数字とかで結果が明確にでない法務の仕事のどこがおもしろいのか書いてよ」という要望がありましたので、個人的に「法務やり始めて2-3年だとこういうところが面白い…かな?」と感じるところを書いてみたいと思います。

 

 

 

1、法務の役割

 そもそも、法務の役割とは何なのかというと、法的リスクのコントロールということに尽きると思います。その文脈の中でどういった業務を担うかは会社の事業・組織戦略に依存してくるので「法務としてはこのような機能を担うべき」という話はしません。

    経産省がペーパーを出していましたので、「こんな機能もあり得るよね」という参考程度に。URLを貼っておきます。

www.meti.go.jp

 

2、業務

 とはいったものの、法務の業務として典型的なものはいくつかあると思います。ぱっと思いつくので下記ようなものでしょうか。

  • 契約書審査(M&A対応・交渉含む)
  • 取締役会事務局
  • 株主総会運営
  • 子会社管理
  • 社内規定整備
  • 規制対応
  • 労務
  • 紛争・訴訟対応
  • 知的財産管理
  • 社内研修

 もちろん、後述の通り法務が担うことが「できる」業務の範囲は広大なので、上記に尽きるものではないですが、法務としてキャリアを歩むなかで、上記のいずれにも触れないということは皆無だと思います。

では、これらの仕事をやっていてどのへんが面白いのか、私が感じていることを以下では書いてみます。

 

3、どのへんが面白いのか:総論

(1)意思決定に影響

 リーガルリスクの中には現実化すれば一発で会社が沈むものもあるので、きちんと整理して指摘すれば、経営陣の意思決定に大きな影響を与えることができます。また、それほど大きなリスクでなくても、必要な手当てを適切なタイミングで提案することができれば、会社の意思決定にそれが組み込まれることが多々あります。意思決定に自分の提案が反映されると会社に貢献することができている実感があって充実感があります。面白いというか充実感。

 

(2)守備範囲が広い

 とにかく守備範囲がものすごく広い。会社のアクションでリーガルリスクと無縁なものはおよそ存在しません。原理的に、法務は会社活動のあらゆる場面でその役割をはたすことができる仕事なんじゃないかと思います。従って「この辺のことやってみたい」ということがあれば、リーガルリスクを洗い出すことを通じてやりたいことに比較的簡単にアプローチすることができます。

 もちろん、会社によっては業務もキャリアも硬直的で、決まったこと以外は非常にやりにくいということはあり得ますが、法務は転職が比較的容易な職種の一つなので、やりたいことがやれないなら転職すればいいという自由さもあります。

 やりたいことができると楽しいですよね。

 

(3)成長実感が得やすい

 法務は知識がものをいう仕事です。つまり、ガンガン知識を身に着けていけば、それだけでも一定程度までは投入した努力に対して比例的に業務遂行能力が向上します。努力した分成長することができるというのは結構楽しいです。また、経験を積んでいくと、知識量の増大と相まって仕事の精度がどんどん上がっていきます。成長実感が得やすいというのは一ついいところなんだろうと思います。これは専門職系の職種に一般的にいえることかもしれませんが。

 

 

4、どのへんが面白いのか:各論

(1)契約・交渉

 自分のアイデアが通ったことで交渉上の難点が解決し、合意に至ることがでると充実感があります。その中でもM&Aは思考力だけでなくスピード感も要求されるし、合意に至ればみんな大喜びするので(その後に待ち受けてるのは泥沼のPMIだったりするのですが…)、法務をやっていて血沸き肉躍る数少ない機会なのではないかと思います。

 あと、定型契約書のレビューは普段はつまらないんですが、他の仕事で心を乱されているときにやると心が落ち着きます。禅とか茶の湯の世界です笑

 

(2)会議体運営

 取締役会運営と株主総会が該当します。どちらも緻密な準備と調整が必要な仕事で、大失敗はあるが大成功はない、中々痺れる仕事です。が、会社の重要な意思決定プロセスをばっちりみることができるので、とても面白いです。取締役会の資料などを見て「多分A取締役、この部分に突っ込みいれてくるな。よし、上程者の●●さんに言っとくか」みたいな感じで仕事をできるようになって、自分が思った通りに議事が進むと思わずニヤリとしてしまいます。

 

(3)規制対応

 ロビイングとかやるレベルになるとダイナミックで楽しいみたいです。普通の規制対応はとにかく地味で緻密な作業が中心ですが、新規ビジネスの規制対応に成功し、官公庁からOKをもらえた瞬間は結構ハイになりそうという予感がします。あと定期的に審査がある金融系の仕事とかは、審査を乗り切ることが業務上の大きな目標になるので、明確な目標と要件定義の下ギリギリ仕事をやるのが好き・得意な人には面白いんじゃないでしょうか。ただ、失敗も明確なので、シビアな仕事ではあります。

 

(4)社内規定整備

 「とりあえず守ってほしいことを書いておこう」ぐらいの意識でやると神棚に飾ったお札ぐらいの意味しかないですが、社内の実情を調査した上できちんと運用される規定を整備すれば、会社のあり方や風土を変えることができます(…役員級の役職の人のイニシアティブがあってのことですが…)。自分が作った規程で会社の雰囲気が変わる様子を見るのは結構面白いです。

 

5、面白くないと思ってしまう理由

(1)影響力がない

 会社において、法務という組織(あるいは自分自身)のプレゼンスが低い場合、提案しても聞き入れられず、しょぼい仕事しかできない場合があります。要するに経営陣から「いてもいなくてもどっちでもいいけど、他の会社はみんなおいてるからとりあえず置いてる。どっちでもいい部署だから仕事できない奴配置してる」みたいに思われてるときっついです。プレゼンスを上げる方法はいくつかありますが、転職するのが早いんじゃないでしょうか?

 

(2)派手さがない

 絶対的に派手さに欠けます。上記の通り楽しいところはいくつもありますが、いずれもちょっとマニアックというか根暗というか「凄い結果出してみんなから称賛される」というシチュエーションがあまり想像できない職種ではあります。

 

(3)知識・経験が足りない

 これは一般的な話になってきますが、知識・経験が足りないと目の前の事象の意味するところがわからず、場当たり的な薄っぺらい対応をしてしまい、その結果「なんか行き当たりばったりで意味も分からんし考えるポイントもないし面白くないな」となることがあります。自分の仕事について詳しくなることは、仕事を楽しむ第一歩なんではないでしょうか。

 

(4)単純な仕事を単純なものとしてしかとらえていない

 上記と重なりますが、作業自体が単純な仕事を「ああ単純」と思ってやっていると、どんどんテンションが下がります。今自分が取り組んでいる単純な仕事も、何かきっかけと意味があって始まったはずで、意外と深い意味が隠されていたりします。あるいは何の理由もなく惰性でやっている可能性もあります。

 単純な作業はまず、その作業にどんな意味があるのか、あるいは惰性でやっているだけで意味などないのかの見極めが重要です。意味があるのであればより効率的に終わらせる工夫をすればいいですし、意味がないならタイミングを見て業務自体をやめる提案をすることになります。いずれにしても「これは単純でバカみたいだけど俺がずっとやらないといけない仕事」と思って漫然と作業をやるのは止した方がいいでしょう。

 

6、まとめ

 そんなこんなで、法務の仕事は意味はあるが地味で面白いところがマニアック、とまとめることができるんじゃないかと思います。どれもピンと来ないなら、職種を変えるのがいいんじゃないでしょうか笑

 

 

スキルアップのための企業法務のセオリー 実務の基礎とルールを学ぶ

スキルアップのための企業法務のセオリー 実務の基礎とルールを学ぶ

 

 

 

 

NDA(秘密保持契約)の読み方・レビュー方法

連投しているのは暇だからということでは決してありません。

今回はNDAの読み方とレビュー方法について書いてみたいと思います。以前の記事で「NDAのレビューまじ面白くない」と言っていたのですが、何人かの友人から「NDAのレビューってどうやるの」という質問が来たので、次同じ質問が来たらこのページ見てもらおうと思い、筆をとった次第です。なお、本記事の文例の一部は経産省の秘密保持契約ひな形から借用しているものもありますので、秘密保持契約の全体が気になる方はそちらもご参照ください。最下部にリンクを張っています。

 

 

1、冒頭・目的規定

NDAの冒頭には、NDAを締結する目的が記載されることが多いです。例えば下記のような感じです。

本機密契約書は、甲と乙が自動運転プログラムの開発に関する事前協議を行うにあたり、甲乙間でやり取りされる秘密情報の取り扱いについて以下の通り合意する。

下線部が目的を示す文言になります。この文言、さらっと書かれていますが、秘密情報のスコープを決めるにあたって重要な文言ですので、よく検討しましょう。この目的の下にやり取りされた情報が秘密保持の対象と「なり得る」情報になるので、この部分の記載がおかしいと秘密保持の対象が過度に広がったり、あるいは秘密を保持されるべき情報がNDAのスコープから外れてしまったりします。

 

検討の視座は次の通りです。

  • 目的は現場の検討事項と合致しているのか:例えば検討するのは「自動車の」自動運転プログラムのはずが、「飛行機の」自動運転プログラムという記載がされていないかという点です。ここがずれると保護される情報の範囲がずれるのでNDAの目的を達成できません。
  • 目的が明確かつ具体的に定められているか:例えば単に「プログラムの検討」とされていると何のプログラムかわからないので、どの範囲の情報が秘密保持の対象となるかが曖昧になります。おそらく実務レベルでは「自動運転プログラム」でも曖昧・漠然としているという判断になります。

以上の点は、NDAの検討を依頼してきた部門とよく相談して検討するようにしましょう。「本当にこの目的で間違いないですか?」「これで十分特定できるといえますか」といったことが基本的なヒアリング事項になります。

 

2、秘密の対象

次に、秘密保持の対象とする情報をどのように特定するかという文言があります。だいたいパターンは二つで、①やりとりした情報が全て秘密保持の対象となる情報になる、②秘密であることを明示した情報だけが秘密保持の対象になる、というところになります。細かく言うともっとバリエーションがありますが、実務でよく見るのは上の二つ、特に②です。文言例は下記です。

本契約における「秘密情報」とは、甲又は乙が相手方に開示し、かつ開示の際に秘密である旨を明示した技術上又は営業上の情報をいう。

これも非常に重要な条項です。さらにこの明示の仕方を具体的にすることも考えられます。例えば下記です。実務的に無理なく秘密であることを明示する方法を記載しておくのが重要です。

…秘密であることを書面で明示した情報のことをいう。ただし、口頭で提供された情報については、提供から7営業日以内に当該情報が秘密である旨が書面で明示された場合に限る。

また、目的外使用の禁止も挿入しておくべき項目です。文例は下記です。

受領者は、本件協業検討以外の目的で、秘密情報を使用してはならない。

検討の視座は下記の通りです。

  • やりとりした一切の情報が秘密保持の対象となるとの記載はできれば避ける:情報の管理が煩雑になりますし、どうでもいい情報まで一旦は秘密保持の対象となるとするのはおよそ合理的とはいえず、結局裁判になった場合に合理的解釈で秘密保持の対象が縮減されてしまうおそれがあるためです(より正確に言うと「どういった縮減のしかたがなされるかわからない」ということがリスクになります)。
  • 実務上無理な記載になっていないか:例えば7営業日以内に機密であることを書面で明示するというのが実際可能かといった点を検討することになります。
  • NDAの締結自体や検討自体を秘密情報に含めるかどうか:そもそも検討していることを他社に知られたくない場合には、検討自体を秘密情報として指定しておく必要があります。

この条文は具体的にNDAで秘密保持の対象となる情報が何なのかを明らかにする条文になりますので、実務に即してしっかりと検討しましょう。

 

3、例外規定

やり取りされた情報のうち、カテゴリカルに秘密情報から除外される情報を指定する条項です。例文は下記です。

ただし、以下の情報は秘密情報の対象外とするものとする。
① 開示を受けたときに受領者が既に保有していた情報
② 開示を受けた後、受領者が秘密保持義務を負うことなく第三者から正当に入手した情報
③ 開示を受けた後、相手方から開示を受けた情報に関係なく受領者が独自に取得し、又は創出した情報
④ 開示を受けたときに既に公知であった情報
⑤ 開示を受けた後、受領者の責めに帰し得ない事由により公知となった情報

この条項は定型でほぼ決まり切ったことがかかれているので、あまり重要度は高くありません。書かれるべき事項が一通り書かれていれば問題なしです。ただ、この条文に、下記のような情報が入っていることがあります

裁判所その他官公庁から適法に開示要請を受けた情報

これは秘密情報からの除外、という形で定めるべき事項ではありません。官公庁から開示を要請されたからと言って、第三者との関係で秘密保持義務を排除していいわけではないためです。これは秘密保持義務の条項で、当該官公庁との関係のみにおいて非開示義務が免除されるという書き方をするべきです。

 

4、秘密保持義務

秘密情報について、秘密を保持する義務を定める条項です。文例は下記です。適用例外にコンサルタントが含まれていることがありますが、定義が不明なので見かけたら削除しておくことをお勧めします。

受領者は、開示者の書面承諾なく、秘密情報を第三者に開示してはならない。ただし、弁護士、会計士、税理士など、法令上の守秘義務を負う者についてはこの限りではない。

社内の情報管理規定などで、会社の機密情報を第三者に提供する場合に、当該第三者に情報管理責任者を設置させなければならないといったことが定めている場合には、そういった事項も入れます。

また、前述の通り、法令に基づいて官公庁などから開示要請が来た場合には、当該官公庁との関係においては非開示義務を免除するとの文言を付しておくことも考えられます。この場合の文例は下記です。

前項の規定に関わらず、裁判所その他の官公庁から適法に開示要請を受けた情報については、受領者は、当該官公庁に対して秘密情報を開示することができる。ただし、受領者はこのような要請があった場合、直ちにこれを開示者に通知し、その対応について協議しなければならない。

下線部は、要請があったからといってなんでもかんでも開示するなというメッセージになります。

 

5、秘密情報の返還・破棄

開示された秘密情報の返還・破棄について定めた条項です。文例は下記になります。

1.本契約に基づき相手方から開示を受けた秘密情報を含む記録媒体、物件及びその複製物(以下「記録媒体等」という。)は、不要となった場合又は相手方の請求がある場合には、直ちに相手方に返還するものとする。
2.前項に定める場合において、秘密情報が自己の記録媒体等に含まれているときは、当該秘密情報を消去するとともに、消去した旨(自己の記録媒体等に秘密情報が含まれていないときは、その旨)を相手方に書面にて報告するものとする。

 「そもそも返還が可能なのか」といった実務的な対応の実現可能性を検討するのがポイントです。無茶な要求をされる余地があるような文言は削りましょう。例えば「受領者は、本件協業の検討後、受領した秘密情報をすべて返還する」といった文言が無茶な要求をされる余地があるような文言に該当します。

 

6、有効期間・残存期間

秘密保持の期間を定める極めて重要な文言です。有効期間というのは秘密保持契約自体が存続する期間を、残存期間というのは秘密保持契約の内特定の条項が秘密保持契約自体の終了にもかかわらず存続する期間のことをいいます。文例は下記です。

本契約の有効期間は契約締結日から1年間とする。ただし、本契約第〇条、第●条の規定の効力は、本契約終了後も3年間存続するものとする。

第1文が有効期間、第2文が残存期間の定めになります。検討の視座は下記の通りとなります。

  • そもそも期間が定められているか:有効期間が明示されていない契約もあります。永遠に効力が存続するかのように読めてしまうので、検討期間の見通しを事業部門に確認した上で、合理的な期間を設定するべきでしょう。また、有効期間があって残存条項もあるが、残存期間は設定されていないということがあります。通常、残存条項は秘密保持義務の効力を残存させるものになりますが、いつまでも義務を負い続けると負担が大きいので、これも合理的な期間(一般的には2-3年かと思います)を設定しておきましょう。
  • どの程度の期間設定が妥当か:悩ましい問題だと思われます。事業部門に協業の検討期間と、最低何年程度秘密を守ってもらいたいかを確認しましょう。事業部門が解を持っていない場合、えいやで決める他ありません。

この条項も重要な条項です。どの程度の期間を設定するかは悩ましい問題ではありますが、ともかく期間が設定されていることが重要なので、何も書いていない場合は有効期間を必ず記載するようにしましょう。

 

7、準拠法・裁判管轄

いわゆる一般条項にはなりますが、協業が進んで業務提携契約が結ばれた場合、その業務提携契約と適用法・裁判管轄がずれていると、厄介な問題が生じます。この点は次項で説明します。

 

8、応用1:本契約との内容抵触

開発検討がうまくいって業務提携契約などの本契約を締結する場合、本契約とNDAの効力関係が問題となります。問題となるのは下記のような点です。

  • 業務提携契約などの締結によってNDAは終了するのか
  • 業務提携契約などの中に秘密保持条項がある場合、どちらの条項が優先するのか
  • 業務提携契約とNDAで準拠法・裁判管轄が異なる場合、どちらの条項が優先するのか

ケースバイケースで検討するほかありませんが、視点としては次のようなものが考えられるます。

  • 後法は先法に優先する:後の合意が優先するという考え方です。NDAの内容と業務提携契約の内容に「矛盾」がある場合は、この原則が適用される可能性が高まります。
  • 特別法は一般法に優先する:より具体的に事項を定めた方が優先するという考え方です。
  • 併存:どちらの効力も等しく併存するという考え方です。両契約間に矛盾抵触がない場合、併存すると考えるのが妥当な場合があります。

常識的には、NDAは本契約を締結するまでの検討段階に適用され、本契約が締結されればそちらの条項が優先して適用されると考えるのが合理的なのではないかと思います。しかし、検討の状況(検討の結果一部は業務提携に結実したが一部はまだ検討中である)や、文言の定め方でどちらが優先するかは変わってくることは容易に想像できます。

従って、リスクコントロールの観点から言えば、業務提携契約を締結する際に、業務提携契約内の文言で、適用関係を明確にしておくべきだと思います。

 

9、応用2:実務的な秘密の指定方法

秘密情報の定義の部分で「秘密と指定した情報が秘密なんだ」という扱いをする場合、実務的に果たしてそのような指定が可能なのか、ということが問題となりえます。資料を渡す際に「機密」「複製不可」などのスタンプを押す、メールで資料を送付する際は「この資料は機密です」といった文言を入れるなどが考えられますが、現場の人がいい加減だとこういったことをやってもらえない可能性もあります。現状、機密情報を外に出す際にどのような取り扱いがされているのかを確認した上で、現場の人たちが合理的に可能な「秘密指定の方法」というのを考えるのも法務の役割と言ってよいと思います。

 

10、応用3:社内規定の考慮

今日において多くの企業は、社内規定として情報管理規定を定めていると思われます。これは、会社内で取り扱う情報を不正競争防止法上の「営業秘密」に該当させるために必要な措置であり、その規定に従って情報を管理する必要があります。情報管理規定内には、通常、第三者に情報を開示する場合の取り扱いのルールが定められており、その中に、NDAに反映させた方が良い内容が含まれていることがあるので、NDAの検討を始める前には念のため会社の情報管理規定を一読しておくことをお勧めします。

 

以上、ざっくりと書いてみました。これぐらいのことを見ておけば、最低限のことはやっているということになるのかなと思います。最も、実務は日々進化しているので、いろいろなイレギュラーな条項を目にすることはよくあります。その際は現場で考えるなり書籍に当たるなりして最適解を導くほかありません。日々精進ですね。なお、以前の記事でも紹介しましたが、秘密保持契約について、下記のような書籍が出ています。すぐ読めますので、私の記事で物足りないというひとは一読しておくのが良いでしょう。

 

秘密保持契約の実務―作成・交渉から平成27年改正不競法まで

秘密保持契約の実務―作成・交渉から平成27年改正不競法まで

 

 

経済産業省の秘密保持契約ひな形(17頁以下)

http://www.meti.go.jp/policy/economy/chizai/chiteki/pdf/handbook/reference2.pdf

 

前の記事

murataumiharu.hatenablog.com

 

 

司法研修所周辺お勧めランチ&ディナー場所

司法研修所の周辺にはご飯を食べるところが少なく、導入修習・集合収集では難儀することがよくありますよね?でも先輩から食事場所のノウハウの引継ぎはあまりない。そこで、今回の記事では、私か私の友人が実際に行って「おいしい」もしくは「まあ食える」と思った食事場所を紹介していきます。

 

1、カレー

匠えん(成増)

お勧め度:★★★★★

匠えん 成増駅前店 - 成増/カレーライス [食べログ]

研修所から行けるカレー屋の中では圧倒的No.1だと思います。個人的には欧風カレーとスープカレーが好きです。スープカレーには鳥の素揚げ的なものが入ってるんですが、ボリュームがあってgoodです。雰囲気も落ち着いていておひとり様OKのカウンター席もあります。ここに行かなきゃどこにいく、そのレベルです。食べログの星はあてになりませんね。

 

チャパティダイニング(和光)

お勧め度:★★★★

https://tabelog.com/saitama/A1103/A110301/11035845/

インドカレーです(いや、ネパールだったかな?)。普通においしいカレー屋さんです。カレーのおすすめはパラクパニールとバターチキンカレーです。このお店に来たら必ず一度はチーズナンを頼んでください。けち臭いチーズナンではなく、これでもかというぐらいチーズが入っていてしかもそのチーズがうまい。結構ボリュームがあるので、二人で行って一つ頼むぐらいがちょうど良さそうですが、持ち帰りもできるので問題なしです。

 

DURGA(和光)

お勧め度:★★★

https://tabelog.com/saitama/A1103/A110301/11026717/

多分ネパールカレー。司法研修所からぎりぎり歩いて行ける距離にあります。普通においしいしお値段もリーズナブルなので選択肢の一つです。ただ、歩くと少し距離があるので自転車持ってる人にお勧め。味的な意味では★4つ相当ですが場所で減点。

 

 

2、イタリアン・洋食

ラ・パスタ陶(和光)

お勧め度:★★★★

https://tabelog.com/saitama/A1103/A110301/11000405/

リーズナブルにがっつりイタリアンが楽しめます。全ての料理がバランスよくおいしい。複数人で行ってピザとか前菜をシェアするのがいいと思いますが、一人で行ってもまあ大丈夫です。あとポイントカードがあるので、導入修習からちょくちょく行けば集合収集が終わるころにはピザ1枚無料になる程度のポイントがたまります。雰囲気は可もなく不可もない感じです。

 

ロイヤルホスト和光店

https://tabelog.com/saitama/A1103/A110301/11002303/

何ファミレス紹介してんだよって話ですが、何を食べるのか考えるのが面倒になったら入るところという意味で挙げておきます。長時間いても特に文句言われない、ドリンクバーがある、ということで打ち合わせに最適です。

 

enishi

https://tabelog.com/saitama/A1103/A110301/11002829/

普通に食べられるイタリアン。どうも店内が暗くて若干汚いので個人的にはあまり好きではないですが、安めの酒飲んでイタリアンかっくらうには丁度良いのかなってところ。間違ってもデートや合コンで使ってはダメ。

 

バッキーノ(成増)

https://tabelog.com/tokyo/A1322/A132204/13029950/

私は行ったことないのですが、リーズナブルでおいしいらしいです。和光とか成増とか、二回試験に落ちるか仕事でもなければ二度と行かないところなので、行っとけばよかった…

 

3、和食

やまだや(成増)

お勧め度:★★★★

https://tabelog.com/tokyo/A1322/A132204/13137949/

食べログで3.46つけるほどの店だとは思いませんが、普通に定食が食べられる貴重なお店。回転も速いのでいっぱいでもすぐ入れます。昔懐かしい商店街の定食の味といったところでしょうか。

 

けやき(和光)

お勧め度:★★★

https://tabelog.com/saitama/A1103/A110301/11005369/

トンカツ屋さん。トンカツ屋としてはいたって普通のレベルなのではないかと思います。ご飯とみそ汁のおかわりが確か無料ではなかったので個人的には評価低め。トンカツ食べたくなったら行けばいいんじゃないでしょうか?

 

4、その他

心福(和光)

お勧め度:★★★★★

https://tabelog.com/saitama/A1103/A110301/11040439/

焼肉屋です。断言しますがここは本物です。刻み野菜のサラダが無限にでてくるところや、普通の韓国冷麺だけでなくピビム冷麺まであるところ、キムチもがっつり韓国風なところ、サンチュ単体で注文できるところなどから、韓国系の調理人がいることは間違いありません。そして全部うまい。食べログには予算8000円~9000円とありますが、ええ肉頼みすぎなければ4000円~5000円で収まります。「あぁ~肉くいてぇ~」ってなったら第一の選択肢とすべきです。

 

とんでん

お勧め度:★★★★

https://tabelog.com/saitama/A1103/A110301/11022256/

海の幸系のファミレスです。司法研修所から徒歩5分とかのところにあるアレですね。皆さんバスに乗ってくるときに目にしていると思います。名前がダサいのでなんだか不味そうなんですが、意外と美味しい。値段相応の味がきちんとします。バスにのって和光市駅成増駅に行くコストを考えれば、とんでんでがっつり食べといた方がコスパ高いんじゃないか説が有力です。飲みすぎた日の翌日で寮からあまり離れたくないときにお勧め。

 

さて、私が主に利用していた食事処はざっとこんなところでしょうか。上記を参考に楽しい修習生活を過ごしてもらえれば幸いです。

 

 

 

 

 

 

司法修習備忘録①

71期の二回試験が終わりました。やらかしたかどうかという不安よりも疲労感がすごいです。さて、一応、事実上司法修習が終了したので、後進の皆様のために、少しでも有益な情報を備忘録的にまとめておこうと思い、筆をとった次第です。こんなところに気を付けながら修習すれば有意義にすごせるんじゃないかということを、ザクっと書いていきたいと思います。

 

  

1、貸与金について

71期からは給費制が一部復活していますが、同時に、月々10万円を最高裁判所から借り受けることが可能です。一般的に、借金が増えるのはあまり望ましいとは言えませんが、使わなくてもいいのでとりあえず借りておくべきだと思います。

 

13万5000円に、住居費3万5000円を足した17万円は、普通に生活をし、書籍を買って飲み会に行って就職活動するだけでほとんどなくなってしまう金額です。上手に使えば決して司法修習を乗り切れない金額ではないですが、突然の旅行の誘いや、就職活動での移動、弁護士会登録費用など、急にまとまった支出が必要になる場面はいくらでもあります。

 

最近の新人弁護士の給料の相場は400万円~700万円だと思われますので、10万円毎月借りて120万円の借金があったとしても1年で余裕で返せます。しかも無利息なのでとりあえず借りておきましょう。

 

2、実務修習で起こる色々とその対処

実務修習は集合収集のようにカリキュラムが決まっているわけではなく、受け入れ先の実務家に指導に関する大きな裁量が認められています。それゆえに、色々な問題が起こり得えます。以下では、各修習で起こりがちな問題とそれに対する対処法を記載します。

 

(1)検察・裁判所で放置されないようにする方法

検察・裁判所では指導担当者が忙しすぎて放置されることがあります。次の順序でお願いしてみましょう。①指導担当者に言う、②指導担当者の上司に言う、③教官に言う。まずは指導担当の人に「やることない」といってみましょう。次に、指導担当に言ってもダメな場合は、指導担当の上司に「指導担当が忙しそうにしててやることない」といいましょう。それでもだめなら教官に「なんもくれへんからなんとかしてくれ」といいましょう。順序を間違えて先に教官や指導担当の上司に言うと「指導担当に言ってみた?」と押し返されます。なお、②の前に、指導担当者の周りにいる同僚にお願いしてみるのもいいでしょう。いずれにしても「あ、これ放置されてるっぽいな」と思ったら早めにアラートを上げましょう。

 

※ちなみに検察と裁判所で暇なときにやらせてもらえることには、次のようなものがあります。

①検察

・証人テスト見学←おすすめ

・取り調べの見学←おすすめ

・既済記録に基づく起案

・公判前整理手続への同席

・事件記録の閲覧

・裁判傍聴

 

②裁判所

裁判所では起案したのを見てもらうのが一番教育効果高い気がします

・既済記録に基づく起案←おすすめ

・調停傍聴

・少年事件傍聴

・公判前整理手続の傍聴

・裁判傍聴

 

(2)弁護修習

最も当たり外れが大きいのが弁護修習ですが、実は弁護修習は自由度が高く、問題ある指導者にあたってもリカバリーは可能です。揉めるパターンには下記のようなものがありあす。

 

・性格の不一致…離婚原因ナンバー1(非常によくある)

・放置プレイ…忙しすぎて放置されます(よくある)

・ハラスメント…いわずもがなにヤバい(よくある)

・投げっぱなしジャーマン…課題はくれるがフィードバックがない(たまにある)

・修習生=労働力…普通に働かされる感じで起案させられる(まれ)

・偏執狂…偏った事件しか取り扱いがない(まれ)

 

上記のような事態が生じた場合、まずは指導担当弁護士に丁寧に、しかし断固として申し出ましょう。「●●という点が××なので▲▲していただきたいです」「●●は非常に不快ですのでやめてください」といった感じです。普通の指導担当なら色々気を回して、問題解決を図ってくれます。直接言ってもダメそうな場合、別の窓口にクレームを入れる必要があります。通常は弁護士会の修習委員or弁護教官です。修習委員から指導担当弁護士に確認が入ることもあれば、下記のような対応がとられることもあります。

 

・指導担当チェンジ

修習委員は修習地にいる指導担当弁護士のクセを結構知っているので、「ああ確かに●●先生はそれやりそうよね」というパターンにはまると、速やかに対応してくれます。そうでない場合であっても、きちんと情報を共有し、どういった点に問題があるのかをレポートすれば、指導担当を変えてくれることもあります。ただ、そこまでいくのはまれかなというのが実感です。私のときは、隣の県で放置プレイを原因とする指導担当替えが行われたという噂を1件耳にしました。

 

・里子修習の利用

我慢できないほどではないが微妙にそりが合わない先生と当たってしまった時の対処法です。委員会の飲み会や外で知り合った先生のところで一時的に修習させてもらう方法です。一般的には、あまり刑事弁護をやっていないところに配属された修習生が刑事弁護を見るために違う事務所に行ったり、あるいは指導担当弁護士と仲の良い先生のところにいくというようなケースがありますが、これを利用します。「●●の事件が見たいのですが、先生はやっておられますか?もし来る予定がないようでしたら●●先生のところに里子で行きたいのですが…」的な感じで提案してみましょう。

 

いずれにしても、困ったことが起こった場合には色々と解決方法があるので、我慢せずに周りの人や教官に相談しましょう。

 

(3)パワハラ・セクハラを受けたときの対応

弁護・裁判・検察問わず、ハラスメントをしてくる人は普通にいます。法曹なのにリスク感覚を持ち合わせていないどうしようもない人たちです。問答無用で教官か司法研修所のセクハラ相談窓口に通報しましょう。躊躇してはいけません。あと「これってセクハラ・パワハラかな?」と迷った時も、該当性を確認する趣旨で連絡しましょう。セクハラとかパワハラをしてくる人は、後輩のためにも、排除されたほうがいいと思います。

  

3、全国プログラムに行こう!

選択修習では全国と地方のプログラムを選択することができます。 特に全国プログラムはメニューも豊富で普段入ることのできない組織で研修することができるので、非常にお勧めです。国際機関や官公庁、大企業などは結構人気で競争倍率も高いようです。また、法テラスの過疎地修習も意外と人気があります。

 

おすすめなのは、現在の修習先や自分の進路と異なるプログラムを選ぶことです。例えば、大手渉外事務所に内定が決まっているのであれば過疎地の法テラスを、地方の弁護士事務所への就職が決まっていて実務修習も地方の事務所なら都会の渉外事務所を、といった感じで選んでみるのがいいかなと思います。あとは企業法務中心の事務所であれば、カウンターパートになる企業の法務部に行ってみるのもお勧めです。いずれにせよ、内定先・就職先でやる予定のことは就職してから十分に取り組むことができるので、将来的なキャリアの選択肢を広げたり、多角的な視座を身に着けるという観点から、上記の選び方をしてみるのがいいのかなと思います。

 

申し込まない人も結構多いみたいなのですが、お金を払って研修しようと思うと何十万もとられるような研修先のラインナップになっているので、積極的に申し込んでみるのがいいのかなと思います。

 

4、自己開拓プログラム

自分で選択修習先を見つけてきて修習するというやつです。私の周りでは企業や公的機関に電凸したりして、まさに自己開拓をしている人が何人かいました。ちなみに、全国プログラムに申し込んでいる人が大部分だったので、比較的意欲的な修習生が多い修習地だったのかもしれません。

 

「そんな急にお願いして大丈夫なものなの?」と思うかもしれませんが、大丈夫だったり大丈夫じゃなかったりします。とはいえ、社会人として礼儀正しく接触して、丁寧に趣旨とやってみたいことを説明すれば、そこまで冷たくあしらわれることはないんじゃないかなというのが周りを見ていた印象です。

 

ただ、受け入れてもらう確度を高めるためには、やはり人脈を利用したり(修習先の先生の知り合いの会社や、就職先の先生のなじみの深い公的機関に、先生を通して紹介してもらう等)、受け入れ実績があるところ(先輩に聞いたり、ひょっとしたら研修所が教えてくれるかもしれません)に連絡してみるのがいいでしょう。あとは、大学の先生とかも仲良くしている組織を紹介してくれたりするので、連絡をとってみるのもいいでしょう。

 

ちょっとハードルは高いですが、仕事がはじまってからの営業の練習と思って、いくつかチャレンジしてみるのがいいんじゃないでしょうか。なお、就職先や修習先の事務所とコンフリクトがないかは、必ず確認するようにしましょう。

 

5、二回試験対策

まだ合格してないので書きようがありません笑。受かってたら「最低限こんなことやっとかないと死ぬ」ということを書きたい、書ければいいな…と思っています。受かっていたら。

 

6、まとめ

そんなこんなで、楽しく修習生活を送りましょうということになりますが、ポイントは「はっきり丁寧にモノを言うこと」だと思います。自分がどういうことをしてほしくて、それがどういう理由なのか、問題がどこにあるのかをきちんと言語で表現するのは、仕事をする上でも必要なことなので、この際練習と思ってどんどん言うようにしましょう。

 

 

刑事弁護の基礎知識 第2版

刑事弁護の基礎知識 第2版