法務の樹海

法務、キャリア、司法修習などについて書きます。

私たちに英文契約書はレビューできるのか

何度も書こうとして挫折したテーマについに手を出します。一般の法務パーソン躓きの石ランキング上位の英文契約書レビューです。本稿では、英文契約書のレビューに必要な知識とスキル、そして、英文契約書レビューの限界について書きたいと思います。

※想定読者は外国法の体系的なトレーニングを受けていない一般的な法務パーソンとになりますので「圧倒的な高みを目指す!」という方には少し期待外れな内容かもしれません。

 

 

1、英文契約書とは何か

英文契約書というと「英語で書かれた契約書のことだろ?分かってるよ」という感じだと思います。形式的にはまあその通りなんですけど、後述のように、英文契約書は英文だから難しいのではなくて、それが対象とする取引が通常はクロスボーダー案件であり取引慣行のイメージが付きにくいこと、準拠法が日本法でなく、かつ、紛争解決手続が日本の裁判所以外の場所で行われることが予定されていることが多いことが、その難しさの本質部分を構成していると私は考えています。従って、本稿における「英文契約書」とは、クロスボーダー取引であって準拠法が日本法以外、裁判管轄も日本の裁判所以外というものを想定したいと思います。

 

2、英文契約書のレビューの要素

英文契約書を「きちんと」レビューするためには、少なくとも以下の知識が必要になると思われます。

(1)法律英語

英文契約書に用いられている英語は、独特の言い回しや専門用語が多く、一般的な意味で英語ができるというだけでは読みこなすことは困難です。つまりTOEICが900点でも英文契約書はすぐには読めません。尤も、当然ですが英語力が高ければトレーニングの期間は短くて済みます。逆に一般的な意味における英語力はそれほど高くなくても、法律英語に詳しければある程度英文契約を読むことは可能です。いずれにしても、法律英語についての知識は必須ということになります。 

(2)準拠法

そして、当然準拠法の知識も必要です。ある取引について生じる権利義務がどのようなバランスで分配されるかは、記載されている文言と準拠法、そしてそれらの解釈(そして下で述べる取引慣行)に基づいて決定されるため、準拠法の知識がないとリスクの見極めができません。従って、準拠法の知識は、英文契約書に限らず、契約書をレビューする際に必須の知識です。極端な話、日本語の契約書でも準拠法がカンボジア法とかになっていると普通の日本の弁護士や法務部員は契約書のレビューをすることはできません。

(3)紛争解決手続

さらに、契約書レビューをする際には、その取引に関する紛争が発生し、それが裁判や仲裁などのフォーマルな手続きに乗ってしまった場合、その紛争がどのように審理されて、その結果どのような勝敗になるのかという見通しを立てる必要がありますよね。そうすると、契約書内で選択された紛争解決手続に関する知識が必要になるのではないでしょうか。おっと、徐々にデマンディングになってきましたね、もっと言うとその紛争解決手続を実際に行った経験も必要なんじゃないでしょうか?よく言うじゃないですか「弁護士の価値は裁判の結果の見通しができるところにある」と。

(4)取引慣行

また、以上を補完するものとして、取引自体の特性や、取引慣行の知識が必要になります。契約書にも法律にも記載のないような事項についてのルールは、取引慣行で決まることも多いですよね。しかも国内の取引慣行ではなく、クロスボーダーの取引慣行です。結構厳しい感じになってきましたね!

 

細かいことを言い出すとキリがないのですが、大きくは上記の①-④の知識(そして経験)がなければ、英文契約書をきちんとレビューすることは難しいと思われます。要するに私が言いたいのは、普通の法務パーソンや日本法弁護士が英文契約書レビューを完璧にやるのは不可能だということです。

 

3、半端な私たちにできること

さて、以上のように、英文契約書をきちんとレビューするためにはかなり高いハードルを越えなければならないことが明らかになりました。「おいおい、それじゃあ普通の法務パーソンや日本法弁護士は英文契約書についてほぼ役立たずってことじゃないか、どうすりゃいいんだ」という声が聞こえてきそうですが、まあなんというか以下の点については、無力なりになんとかやれることはあるのではないかというのが私の意見です。

(1)明白にヤバイ条項の排除

準拠法・紛争解決手続・取引慣行の知識が弱かったとしても、どう読んでもヤバイ条項を排除することは可能なのではないでしょうか。

(2)日本法と断片的な準拠法の知識に基づく修正

法律はある程度普遍的な立て付けをしているので、日本法ベースで考えて修正をしたとしても、それなりにリスクコントロールができるような気がします。それに加えて、断片的でも準拠法の知識があれば、多少レビューの精度をあげることは可能だと思います。

(3)ヤバすぎる時に適切な外部の専門家にパス

「これは本当に詳しい人に聞かないとヤバイ」というフラグは、最低限契約書を読めば、立てることができるように思います(外部の専門家にパスするのもそれなりのハードルがあるのですが…)。

 

上記ができれば、ノールックでサインするのとの比較ではかなりリスクをコントロールすることができるのではないかと思いますし、ライトなレビューを頼まれたぐらいのケースであれば、これでも十分ではないかと思います。従って、以下で述べるトレーニングは、最低限、この水準まで持っていくことを目標にしたいと思います…自分でもいい感じに目線が低いなと思っています。

4、英文契約書のレビュー力をつけるために必要なトレーニン

(1)英語力をつけよう

そもそもある程度英語ができないことにはどうともしようがないので、まずは高校英語の文法書を引っ張り出して読み、問題を解きましょう。一通り高校の文法問題が解けるようになったら、最低限TOEICで700点くらいとれるように勉強をしましょう。公式問題集10回くらい回せば何とかなるんじゃないでしょうか。このレベル感の英語力が身につかない人は単純に投入するリソースの量が少なすぎる印象があります。

(2)法律英語を学ぼう

次に、法律英語を学ぶのがよいと思います。とっかかりとしては、英文契約書のレビューの参考書を購入して、原文と訳、そして解説を読んでいくのが良いと思います。最終的には参考書に乗っている例文を辞書を見ながら全部日本語に訳して、訳例と突き合わせて修正して完全訳できるようになった後、20-30回音読すれば(※)一通り表現には慣れることができると思います。参考書としては以下のようなものがお勧めです。が、英文契約の参考書はすべて購入して良さそうなものを読むということでも良いと思います。それほど数は出ていないので。

 

長谷川先生のものは例文と訳文が豊富なところがgoodです。

改訂版 条項対訳 英文契約リーディング

改訂版 条項対訳 英文契約リーディング

 

 こちらは、ちょっと解説が和風なのですが、物語調のため読みやすいです。 

山本孝夫の英文契約ゼミナール

山本孝夫の英文契約ゼミナール

 

素早く重要な条項についての表現を身に着けたいのであれば、日経ビジネス文庫のものがお勧めです。

英文契約書の読み方 (日経文庫)

英文契約書の読み方 (日経文庫)

 

表現あんちょこ本としては、地味ですが以下のものがとても役に立ちます

英文契約書の基本表現―契約書が楽に読めるようになる

英文契約書の基本表現―契約書が楽に読めるようになる

 

 

  ※(1)のところから若干軍隊的なトレーニング方法を記載していますが、あまり工夫なく誰でもできるように書くとどうしてもこういったトレーニング方法になってしまうというのが持論です。より良い方法があれば是非教えてください。 

(3)メジャーな準拠法の知識をつけよう

次に、メジャーな準拠法の知識を学びましょう。本来であれば、コモン・ロー圏では制定法と判例法を両方学んで、アメリカなら州法も…というところなのですが、各国の制定法と判例法、州法を学ぶのはあまり費用対効果がよくないので、英米法・大陸法ぐらいのくくりでザックリと勉強するというので十分だと思われます。その上で、自分が仕事上取り扱うことが多い地域の法令・判例を学ぶのが効率的かと思います。英米法がらみの契約についての参考書はやはり樋口先生の緑本が金字塔なのではないでしょうか。  

アメリカ契約法第2版 [アメリカ法ベーシックス]

アメリカ契約法第2版 [アメリカ法ベーシックス]

 

 (4)雑でいいので紛争解決手続の構造を押さえよう

紛争解決手続は、交渉すると大体第三国の仲裁に落ち着きます。従って、仲裁手続きの特徴などについて、一般的な知識を得ておくのは有益です。国際商事仲裁の本をいくつか購入して斜め読みでよいと思います。各国の裁判手続きは、自社の取引で有意に多い地域があれば、参考書などを手に入れて読んでみましょう。もはや英語で書かれた本の方がいいと思います。

 

以上のようなことを一通りやれば 、最低限ですが英文契約書を読んでリスクのコントロールができるようになると思われるので、日系企業の面接では「英文契約書のレビューできます!」と言い張っても良いのではと思います。

 

5、まとめ

さて、そもそも英文契約書のレビューには限界があるんだということをスタート地点として、それでもなお法律の専門家としてバリューを発揮するにはどうしたらよいのかという視点で書いてみました。ヘヴィーな契約書は自分で見ずに、詳しい外部の専門家(できれば海外の法律事務所)に依頼するという謙虚さは持ちつつも、法律に携わるものとして、できる範囲で自分で見るという姿勢は持っておいてもいいよねというのが私の個人的な意見です(英文契約書を毎回外部専門化レビューに回せるほど潤沢なお金がある会社はそうないと思いますので…)。本稿を読んで、「いやいやこれでレビューしたと言い張るのは雑過ぎるだろ」と思う人もいると思いますが、地を這うものに翼はいらないということで、低い目線からの戯言だと大目に見ていただければ幸いです。