法務の樹海

71期弁護士が、法務、キャリア、司法修習などについて書きます。

社内規定整備に関する覚書

今回は社内規程の整備について書きます。「とりあえず守らせたいルールかいときゃいいんだろ」的なノリで社内規程の改定作業をしているそこのあなた!ミニマムはその通りです。でもルールがきちんとワークしないと悲しくないですか?ということで実効的な社内規程を整備するにはどういうプロセスを経ればいいのか、具体的な例を挙げながら書いていきたいと思います。なお、ざっくりとは法務部門が草案を作成して会議体承認を得るというプロセスを想定しています。

 

 

1、社内規定整備の動機・目的

(1)動機の強さが推進力

 「社内規程を整備せよ」と誰かから指示された場合、当然、指示した「誰か」には支持する動機があります。そして、その動機が説得的であればあるほど、これから述べるすべてのプロセスを迅速に進めることができ、かつ、実効性のある規程を作成することが可能になります。逆に動機がふわっとしている、例えば「●●庁に作れって言われたしとりあえず作っとく」「社長がちらっと言ってた」「他の会社はみんなやってる」などといった動機しかない場合、その規程整備プロジェクトは95%失敗します。5%成功する確率が残っているのは、ダラダラ整備を進めている内に当該規程に関係する大きな事件が起こったり、社長がなぜかやる気を出したりして、整備が勢いづくことがあるからです。

(2)指示の出どころ

 課長とか部長レベルだと、推進力が弱いことがあります。一番進めやすいのは、優秀な役員が明確に必要性を認識した上で指示してきている場合です。ただ、役員がある特定の社内規程整備の必要性を明確に言語化していることはそれほど多くありません。なぜなら、役員は「おそらく必要になりそうだから必要性の調査もかねて指示しておくか」という段階で指示を出してくることが多いためです。明確に言語化できる段階では対応が手遅れなことも多いですからね。ともかく「指示の出どころは役員がいい。優秀な役員ならなお良し。部長・課長なら眉に唾をつけよ」という感じです。

(3)地雷プロジェクトは徹底的に押し返せ

 指示を受けた瞬間に「地雷じゃね?」と思うプロジェクトは、社内規程の整備に限らず結構あります。もし何か嫌な予感がしたら、誰の指示なのか、なぜやるのかを根掘り葉掘り聞いてください。もしその段階である程度説得的な理由や、それなりの役職の人の名前が出てこない場合、まずはそこを明確にした上でないと進めるのは極めて困難だということを伝えないと、後々えらいことになります。それでもやれと言われたら、「どうなっても知らねーからな!!!」と大人語で言った上で、やむを得ず仕事を進めましょう。

(4)担当者がボトムアップで企画することは極めて困難

 ちなみに、ヒラの担当者がボトムアップで社内規程の整備を提案するのは極めて困難です。ほんの一部にしか適用されない規程だとか、規程の中のちょっとした文言の修正であればまだしも、会社全体に影響を与えるような規程の整備になると、なぜやるのか、どうやるのかということを相当丁寧に上長に説明し、さらに上長を通じて、または自分で役員にそれを説明し、役員に「そりゃ絶対やらないとだめだね」と認識させないといけません。ここまでできる人は将来的にかなり出世しそうですが、一般的には上長のところでとまるか、上長から「ああ、まあやってみたら」ぐらいのテンションで指示されて路頭に迷うのがオチです。十分に実力がついて社内の状況を把握した時点ではじめて「そろそろチャレンジするか…」というレベル感の仕事です。

2、下調べ

(1)立法事実の調査

 「なんでやるの」という部分の明確化です。規程整備の目的はある程度上長なんかから伝えられているはずなので、それをさらに掘り下げて検討します。最も重要なのは、その規程を整備することによって、経営上の重要な数字(売上、利益、KPI)に対して何らかのインパクトがあるのかという部分です。規程整備とこれらの数字へのインパクトの因果関係を言語化できる程度の事実を収集できれば、この段階はクリアーです。

 例えば「セクハラ防止規程を整備せよ」と言われた場合、過去セクハラによって会社にどのような損失が生じたのか、又将来的に生じうるのか(例えば加害者と被害者が会社を辞めたことによって穴埋め採用のためのコストが発生した)ということを調査し、セクハラを防止する規程を整備してそれがきちんとワークすれば会社にどの程度の利益をもたらすのか、ということを明らかにする必要があります。

(2)必要性の検討

 次に、立法事実(「セクハラを防止することは会社にとってメリットがある」)が明らかになったとして、社内規程を整備する必要があるのかということを検討します。例えば、セクハラに関して言えば「セクハラをするリスクが少しでもあるやつを全員クビにした上で、セクハラリスクがゼロの奴を雇う」ということが容易に実現可能なのであれば、細かな規程を整備する必要はないかもしれません。尤も、セクハラ防止のための措置については厚労省からもお達しがあるため、それが実現可能であったとしても整備の必要性はなお残存するといえます(資料下記)。こういった調査をするのが、必要性検討の段階ということになります。

www.mhlw.go.jp

(3)相当性の検討

 「どうやら規程整備は必要っぽいな」といいうる場合に、どこまでギリギリ規程で縛り上げるのが適切かをザックリと検討します。縛りすぎると社員の自由闊達な職務執行を阻害することになるかもしれないし、緩すぎると規程の意味がなくなるかもしれない。そんなことを考えながら、ザックリとした方向性を考えます。この段階まで来た時点で、ある程度草案が頭に思い浮かんでいるといいのかなと思います。

(4)草案作成

 さて、規定整備の必要性もある、相当性のラインもなんとなく想像した、ということであれば、草案を作成してみます。社内規程は80%程度はどこの会社でも同じようなものがあるので、ひな形か何か参考になるものを見ながらチクチク作成していきます。ひな形にはおかしなことが書いてあることも多いので、間違ってもひな形をそのまま草案にするということはしてはいけません。一つ一つ丁寧に読んで、内容の合理性をある程度精査して修正し、この段階で想定できる社内の事情も織り込んでいきます。草案ができたら一度上長に見せてみるのもいいでしょう。

 できればこの段階で、規程作成の大きな障害になる事由(ボトルネック)を想定しておきたいところです。

(5)利害関係者の洗い出し

 さて、草案が書けた時点で利害関係者を洗い出していきます。要するに規程が適用されることによって影響を受ける人たちがだれなのかを特定する作業になります。例えば情報セキュリティ規程ならIT技術部門が利害関係を持つことになります。また、購買・調達規程であれば総務部や調達部門が利害関係を持つことになります。ここで利害関係を持つ部門のトップが、次のステップからの交渉の相手になります。なお、利害関係者を洗い出すのに失敗すると、会議体に草案を上程したときに、交渉しなかった利害関係者に刺されて規程案が差し戻しになります。これがJapanese根回しというやつです。

(6)趣旨説明・ヒアリング準備

 利害関係者を特定することができたら、その利害関係者に対して規程策定の趣旨を説明する準備をします。基本的には上記で述べた立法事実や必要性・相当性を説明していくことになるので、趣旨説明用資料の作成自体は、前のプロセスをきちんとやっておけばそれほど大変ではありません。ヒアリング準備は、規程が適用されることによって何らかの制約を受ける部門のトップに対して、その制約を受容することができか、また受容できないのであればその理由は何か、といった質問事項を作成していく作業です。ここでできるだけ丁寧に質問事項と想定問答を作っておくことで手戻りが少なくなり、プロジェクト全体の足を早くすることができます。

3、上長・経営層への規程整備計画の提案

 さて、ここまでできた段階で、規程の整備を指示してきた人たちに、草案と進め方のお伺いを立てに行きます。要するにプランの承認をもらいに行きます。ここでは、草案の文言、利害関係者の選択、スケジュール感、想定しているボトルネックの認識に間違いないかということを上長や役員に確認します。ここで上長や役員から出た意見は必ず議事録に記載し、その上長・役員と共有しないといけません。「俺指摘したのに●●君やってないからさぁ~」とか言われてハシゴを外されことはよくありますからね!

4、利害関係者への趣旨説明を兼ねたヒアリング

 なんだかんだで上長・役員からプランの承認をもらったら、いよいよヒアリングです。ここは規程策定最大の山場といっていいでしょう。趣旨を説明して規程整備の総論部分について納得してもらったうえで、利害関係者が制約を受ける部分について細かくヒアリングをかけます。ここで指摘が出たのであれば、その指摘を解決するために必要な文言の修正をする必要があります。また、規程に対応するためにコストが発生するのであれば、そのコストがどの程度になるかを聞き取っておく必要があります。さらに、規程に対応するために業務フローの変更が必要になる場合には、その業務に関わる人たちからもヒアリングする必要があるかもしれません。とにかく、この作業は非常にヘヴィーで、規程策定の中では極めて難易度が高いものになります。

5、運用上のボトルネック特定と解決案の検討

 さて、ヒアリングの結果、規程を運用するうえでのボトルネックが見えてきました。これについて解決案やさらに対応計画を検討する必要があります。少々の修正で終わるようであれば、修正した上で指摘を入れた部門のトップに問題の有無を確認するくらいで済みます。しかし、業務フローの変更などが必要になってくるとややこしいことになります。業務フローの大手術が必要になるような場合は、上長同士をやり合わせた方がスムーズに話しが進むかもしれません。

6、承認資料作成・上長への説明

 さて、社内的な調整は完了しました。次に準備すべきなのは、会議体(経営会議・取締役会など)での説明資料作成です。いままでやってきた目的・必要性・相当性・ボトルネックの解消方法などを簡潔にまとめ、突っ込みが入りそうなところについて追加調査をし、想定問答を作成します。そもそも利害関係部門との調整はすべて完了している前提なので、会議体で異議が上がる可能性はそれほど高くないのですが、全く関係ないと思っていた部門から野次馬的な質問が飛んできて、実はそれが重要なポイントだったりすることがあるので、準備しすぎということはありません。

 もちろん完成した資料は上長にチェックしてもらいます。上長はだいたい社歴が長い人なので、どういう人がどういう突っ込みを入れてくるか、ある程度想像できることが多いです。資料の完成度が高いと、資料作成者本人が会議体で説明させられることもありますが、たいていは法務部門か管理部門の責任者が議案を上程することになります。背景や交渉経緯も含めてみっちりと「ご説明」差し上げ、場合によっては同席を申し出ましょう。

7、会議体説明・承認

 やっとここまでこぎつけました。会議体で規程案を説明し、承認をもらいます。準備した資料と想定問答を武器に、承認のお伺いをたてます。もちろんその場で答えられない質問をしてくる人もいますが、よほどクリティカルなものではない限り、とりあえず推測で答えておいて「後ほど調査の上回答する」といっておけば大体なんとかなります。また、ある事項について確認ができない限り承認はできないという雰囲気になったら、その事項を確認するとの条件付きで承認を得ることも検討しましょう。場合によっては確認後、情報をメールで回付して書面で再度承認ということも考えられます。とにかく、粘れるギリギリまで粘って、無理と思ったらさっと引く、これがコツです。

8、従業員周知

 はい、会議体からの承認を得ることができました。次は従業員周知です。知らないところで規程が決まっていても誰もルールを守ってくれません。ある程度適用範囲が狭い規程であれば、利害関係者への調整を通じて規程の内容を把握してもらえている可能性がありますが、さりとて周知をおろそかにすることはできません。周知には色々な方法があります。①全社員が見ることができる掲示板を掲示して、全体メールで確認を促す、②各部門の定期ミーティングで情報共有をしてもらい、何なら自分で説明に行く、③説明動画を作ってばらまく、等々、会社の実情に合わせた無数の方法があるので、それをうまく組み合わせて周知を図ります。

9、運用状況確認

 さて、業務フローの変更が必要な社内規程を整備する場合、きちんと業務フローが変更されているか確認する必要があります。また、整備後しばらくして業務フローが完了しても、その後定期的に運用がなされているか確認する必要がある場合もあります。定期チェックはできれば関係部門にセルフチェックしてもらうか監査部門にぶん投げたいところですね。作った後に法務としてどこまで面倒を見る必要があるのか、難しいところではあります。運用状況を確認した結果、規程の立て付けがどうにもおかしいことが判明した場合は、修正案を再度上程するという面倒な作業があります。

10、見直し

 上記のように運用状況を確認したところ、実態に合っていない条項があったり、あるいは、法令などの変更で内容が不適切なものになってしまった条項があったとします。この場合は、規程を見直して修正をする必要があります。修正をする個別の条項について、今まで述べた作業を再度行うことになります。運用確認と規程の見直しは半永久的にやらなければならないので、当初草案で、できるだけその手間を省けるような条文にしておくのが良いでしょう。

11、応用:便利な小技

 最後に、規程整備に当たって使える便利な小技を紹介していきたいと思います。

  • いきなり会議体:小技というわけではないですが場合によってはこれもありです。承認を得られない前提で、とりあえず会議体にかけて叩き、ボトルネックを特定する方法です。関係者が多い場合はこちらの方が効率的です。
  • 業務手順改定で済ませる:大元の規程はいじらずに業務手順の改定だけで済ませてしまうパターンです。大した内容ではないのに規程を改定したいといわれた場合に検討すべき手段です。
  • 条件付き承認:上記にも出てきましたが、一定の条件を付して承認を取りに行くという方法です。あまりにもヘビーな条件をつけると事実上再承認と変わらないことになってくるので、バランス感覚が重要です。
  • 見直し期間設定:承認をもらう際に、数か月後に運用状況確認と実態を踏まえた上での修正案提示をあらかじめ告知しておきます。運用後の不確定要素が多い場合などには有用です。
  • 托卵:規程の草案自体は作成するものの、規程の所管は別部門にしてしまう方法です。利害関係調整の過程であれよあれよという間に別部署にイニシアティブを握らせてしまいます。会議体での承認の際には、当該部門の責任者も立ち会わせて当事者意識を刷り込みます。恨みを買うことがあります。
  • 外圧:無意味な規程を整備させられそうになった場合、最も反対しそうな部署の責任者とグルになって規程整備をストップさせたり廃案に追い込む作戦です。劇薬です。
  • 牛歩:緊急性が低い規程の場合、そのプロジェクトの存在をみんなが忘れるほどゆっくり進める作戦です。急に役員や関係者の誰かが思い出して突っ込まれるリスクのある危険な方法です。

12、まとめ

 以上、これをしっかりやっとけば「最低限」実効的な規程を作ることができるのではないかと私が考える規程整備のプロセスになります。規程整備にはこれ以外にもいろいろなパターンがあります。例えば、他部門とチームを組んで取り組んだり、また、他部門が中心となっているプロジェクトにサブとして参加したりすることもあります。なので、上記のプロセスが唯一であるというわけでは決してありませんが「きちんと調査をして利害関係者を説得する」というのが本質的に重要な作業であることには変わりはないと思います。規程整備は地味ですがプロジェクト管理能力・交渉力を問われる高度な仕事ですので、油断せず取り組んでいきましょう。では今日はこのあたりで。